東方夏楽譚 第3話 〜夕〜

「早いわね。今日ももう空が茜色」

 外の景色はのどかなもの。茜色の空。そして雲とカラス。木々に覆われた山。縁側から見える景色はいつもどおり。つまりは退屈。

「そういえばこういうのを外の世界では贅沢って言うんだっけ?」

 前に香霖堂の店主、霖之助がそんなことを言ってた。外の世界は朝から夜まで、騒がしく、忙しいらしい。だから、こっちの当たり前の景色は、向こうの世界の人間には感動的なものなんだとか。

「わからないわね〜」

 外を知らない私にはこれが当たり前なんだから、感動なんて出来ない。むしろ退屈なものだ。それに外の世界には色んなものがあるそうだから、そっちの方に興味がある。けど、

「……たまに遊びに行くぐらいで良い気がする。なんとなくだけど、外の世界は疲れそうだし。それに……」

「のんびりが良いんでしょう?」

「そういうこと。解かってるじゃない」

  独り言の先を続けた声。さすが解かってる。もうそろそろ長い付き合いだしね。

「あんたも解かるようになったじゃない。アリス?」

「まあね。そろそろ付き合い長いしね」

 溜息交じりに応えてくる少女、いや『魔法使い』。その名はアリス・マーガトロイト。ウチの神社への不法侵入の常連さん。今日はいつもの洋服じゃなくて、浴衣を着てきてる。うん、約束は覚えてくれていたみたい。

 彼女は私の隣に腰を下ろすと、いつもの皮肉気な感じで、口を開く。

「まあ、霊夢の考えることなんて、1時間も一緒にいれば解かるけどね」

「……それは私が単純ってこと?」

「裏表が無いと言ってるのよ」

「む〜」

 なんか上手くかわされた気がする。まあ、いいか。

「それでアリス、頼んでおいたものは?」

「はい、これでしょう」

 アリスから小さな箱を受け取る。中身を確認。うん、良い感じ。

「ありがとう、アリス」

「良いわよ。人形の材料買いに行くついでだったし。それで、それどうするの?」

「どうって?」

「それって、何の意味があるの?」

 ああ、そういうことか。アリスはこれが何なのか解からないのか。それなら、

「アリス」

「何?」

「コレが何なのか教えてあげる」

「?」

 私は居間から台を持ってくると、それを柱側につける。そして、台に足をかける。

「アリス、ソレを取って」

「はい。それで、どうするの?」

「こうするのよ」

 受け取ったから、中身を取り出す。そしてソレを天井にくくり付ける。

 チリン。

 風を受けて、澄んだ音を鳴らすソレ――風鈴のその澄んだ音色に暑さも和らいだ気がする。

「これはこう使うのよ」

「へぇ〜」

 まじまじと風鈴を見つめるアリス。予想以上の食いつきだ。

「ねえ、霊夢」

「何?」

「それでこれって、何の意味があるの?」

「……え?」

 あ〜、やっぱり伝わらなかったか。仕方がない。説明してあげますか。

「これは風鈴といって、昔の人が作ったもので、その音色で、暑さを和らげるものなの」

「暑さを?」

「そうよ」

「……和らいだようには思えないけど?」

「気分的なものなのよ」

「ふ〜ん」

 チリン。

 澄んだ音色が響く。この音が本当に心地いい。

「……まあ、解からないでも無いわね」

「でしょ」

 アリスも風鈴の音色に耳を傾けだす。うん、やっぱり夕方はこうでなきゃ。

「それじゃアリス」

「何?」

「魔理沙が来るまでお茶でも飲んでましょ。丁度、冷えた水羊羹もあるし」

「そうね。やっぱり言い出した本人は遅刻のようだしね」

「まあ、予想してたわよ」

 本当に予想通りだ。あとは魔理沙が来るのを待つだけ。

 今日は町の夏祭り。それに行こうと言い出したのは魔理沙。さらに浴衣着用というルールを課したのも魔理沙。そして、遅刻してるのも魔理沙。

「あいつ、早く来ないかしらね」

「そうね」

「霊夢」

「何?」

「この水羊羹美味しいわ」

「でしょ」

 1人で待つのは退屈。けれど、2人で待つのは1人よりはマシ。そして、そこにお茶とお茶請け、そして、

チリン。

この音色があれば、この夕暮れも悪くない。

最終話 〜夜〜