「早いわね。今日ももう空が茜色」
外の景色はのどかなもの。茜色の空。そして雲とカラス。木々に覆われた山。縁側から見える景色はいつもどおり。つまりは退屈。
「そういえばこういうのを外の世界では贅沢って言うんだっけ?」
前に香霖堂の店主、霖之助がそんなことを言ってた。外の世界は朝から夜まで、騒がしく、忙しいらしい。だから、こっちの当たり前の景色は、向こうの世界の人間には感動的なものなんだとか。
「わからないわね〜」
外を知らない私にはこれが当たり前なんだから、感動なんて出来ない。むしろ退屈なものだ。それに外の世界には色んなものがあるそうだから、そっちの方に興味がある。けど、
「……たまに遊びに行くぐらいで良い気がする。なんとなくだけど、外の世界は疲れそうだし。それに……」
「のんびりが良いんでしょう?」
「そういうこと。解かってるじゃない」
独り言の先を続けた声。さすが解かってる。もうそろそろ長い付き合いだしね。
「あんたも解かるようになったじゃない。アリス?」
「まあね。そろそろ付き合い長いしね」
溜息交じりに応えてくる少女、いや『魔法使い』。その名はアリス・マーガトロイト。ウチの神社への不法侵入の常連さん。今日はいつもの洋服じゃなくて、浴衣を着てきてる。うん、約束は覚えてくれていたみたい。
彼女は私の隣に腰を下ろすと、いつもの皮肉気な感じで、口を開く。
「まあ、霊夢の考えることなんて、1時間も一緒にいれば解かるけどね」
「……それは私が単純ってこと?」
「裏表が無いと言ってるのよ」
「む〜」
なんか上手くかわされた気がする。まあ、いいか。
「それでアリス、頼んでおいたものは?」
「はい、これでしょう」
アリスから小さな箱を受け取る。中身を確認。うん、良い感じ。
「ありがとう、アリス」
「良いわよ。人形の材料買いに行くついでだったし。それで、それどうするの?」
「どうって?」
「それって、何の意味があるの?」
ああ、そういうことか。アリスはこれが何なのか解からないのか。それなら、
「アリス」
「何?」
「コレが何なのか教えてあげる」
「?」
私は居間から台を持ってくると、それを柱側につける。そして、台に足をかける。
「アリス、ソレを取って」
「はい。それで、どうするの?」
「こうするのよ」
受け取ったから、中身を取り出す。そしてソレを天井にくくり付ける。
チリン。
風を受けて、澄んだ音を鳴らすソレ――風鈴のその澄んだ音色に暑さも和らいだ気がする。
「これはこう使うのよ」
「へぇ〜」
まじまじと風鈴を見つめるアリス。予想以上の食いつきだ。
「ねえ、霊夢」
「何?」
「それでこれって、何の意味があるの?」
「……え?」
あ〜、やっぱり伝わらなかったか。仕方がない。説明してあげますか。
「これは風鈴といって、昔の人が作ったもので、その音色で、暑さを和らげるものなの」
「暑さを?」
「そうよ」
「……和らいだようには思えないけど?」
「気分的なものなのよ」
「ふ〜ん」
チリン。
澄んだ音色が響く。この音が本当に心地いい。
「……まあ、解からないでも無いわね」
「でしょ」
アリスも風鈴の音色に耳を傾けだす。うん、やっぱり夕方はこうでなきゃ。
「それじゃアリス」
「何?」
「魔理沙が来るまでお茶でも飲んでましょ。丁度、冷えた水羊羹もあるし」
「そうね。やっぱり言い出した本人は遅刻のようだしね」
「まあ、予想してたわよ」
本当に予想通りだ。あとは魔理沙が来るのを待つだけ。
今日は町の夏祭り。それに行こうと言い出したのは魔理沙。さらに浴衣着用というルールを課したのも魔理沙。そして、遅刻してるのも魔理沙。
「あいつ、早く来ないかしらね」
「そうね」
「霊夢」
「何?」
「この水羊羹美味しいわ」
「でしょ」
1人で待つのは退屈。けれど、2人で待つのは1人よりはマシ。そして、そこにお茶とお茶請け、そして、
チリン。
この音色があれば、この夕暮れも悪くない。