「やっぱり人里は良いなぁ〜。この活気がたまらない」

人里の市場。大晦日の準備で人で溢れかえっている市場。これが大晦日。たくさんの人と店で賑わうこの空気がたまらない。市場に並ぶ正月用品。門松に注連飾り。餅に干し柿。新巻鮭に甘酒。羽子板、独楽etc、etc……。普段見ないものが並ぶのが新鮮な感じ。これが見たかったんだ♪

「それじゃ、次は♪」

大晦日の市場。その醍醐味は、自分も風景に溶け込みつつ正月の"味”を楽しむこと♪ さあ、甘酒でも飲もうかな♪

身体が食べる準備に入ったところで突入というところで、聞き覚えのある声に呼び止められる。

「あ〜、萃香さん!」

反射的に足が止まる。しまった。この声は……。

「おひさしぶりで〜す」

私が振り向こうとするよりも早く、声の主の方が寄ってきた。

「……文」

……厄介な奴に会ったな。烏天狗の射命丸文。幻想郷のパパラッチ。ジャーナリストとか綺麗なものじゃない。まあ、ジャーナリストという言葉も外では汚いものらしいけど。

そして、そんな厄介な文の顔は明らかに赤い。息も匂う。こいつはそうとう酒飲んでる。

(あ〜、なんか嫌な予感がする)

「どうかしましたか、萃香さん?」

「いや、なんでもないよ。ところで、文はこんな所で何してるの?」

「私は取材です。大晦日。今年最後の記事は今日のことを書こうと思って」

「ふ〜ん」

今日のことを今日の新聞にとは、なんか忙しい話だな。けど、そんな余裕の無い状況なら、今日は厄介ごとに巻き込まれもしないかな。

私がそう安堵した瞬間、空気は、というか文は不穏な方向に動き出す。

「でも、何にもネタが無いんですよ」

ネタが無い。それは文が望むようなトラブルがないということ。良いことだ。文には悪いけど、大晦日ぐらいはトラブルなんて無いほうが良い。だから、常識的なことを進めておく。

「ネタならここにあるじゃないか。この市場の活気を記事にすれば……」

「そんな普通すぎてつまらない記事なんて書きたくないんです! 私はもっとこう、手に汗握る、血潮が煮えたぎる、そんな熱い記事を書きたいんです!!」

「それは新聞じゃないと思う……」

事実を書かずに、記事の捏造。ああ、そうか、これが外でよく聞く"マスゴミ”という奴か。そして、目のイっちゃってるマスゴミは、歪ん笑みで黒い何かを吐き出し始める。

「ふふ、でも良いんです。あなたがここに来てくれたから」

「はい?」

「ふふ、萃香さん、やっちゃってください」

「え〜と、何を?」

『やっちゃって』ただこれだけの言葉だけで、不安になる。そして、酔っ払い烏天狗は見事にその不安を的中させる。

「ふふふ。分っているんですよ。あなたはここに暴れに来たんでしょう? それも大暴れ!! まさに異変というレベルの縦横無尽の暴走!! それがあなたがここに来た理由!!」

「なんで、そうなる?!」

無茶苦茶だ。私が言うのもなんだけど、この酔っ払いは無茶苦茶だ。いきなり私に暴れろって、何を考えてるんだ?!

「ふふ、なんでって、私のためなんですよね? ええ、分ってますよ。私の新聞のネタのために着てくれたんでしょ? ね? そうなんでしょう!? というか、そうに決まってる!!」

さ、最低だー!! ネタが無いから捏造する。しかも、それを人にさせるなんて、こいつは最低だー!!

「アホ!! そんなことするか!!」

そうだ。そんなことするかー!! 大体、私はここ最近、人里では人気者なんだぞ。博麗神社の巫女姉妹。小さいのに神社を手伝う"可愛い巫女”。ここではそれで通っている。そのおかげで、ここの人間からお菓子に食料、酒とか、貰ってるんだ。ここはつまり、博麗神社のライフライン。それを壊してたまるか!!

「ふふふ。さあ、萃香さん。節分なんてふざけた行事を産み出した人間はそこにいます。今こそ鬼の怒りを……」

「いい加減にしろ!!」

酔っ払いを黙らせるにはこれが一番。鉄拳制裁!!

バシッ!!

「……何……だと……?」

目一杯力を込めたはずの拳。それを酔っ払いは軽く片手で握り止めている。

「ば、馬鹿な?! 私は鬼、鬼の四天王だぞ?!」

鬼は幻想郷でもほぼ最強クラスの種族。そして、私は四天王。なのに何故、烏天狗に私の拳が止められる!?

「ふふ、無駄ですよ? 確かにあなたは鬼だ。でも、今の私には関係ない。そう、締め切りとネタに追われた私には!!」

「ひぃ!?」

異常な目。異常な威圧感。追い詰められた天狗の異常な力。恐怖久しく感じていなかった感情が心を支配していく。

「さあ、覚悟を決めて私に従ってください……」

「い、嫌だ。そんなにネタが欲しいなら、おまえが自分でやれ!!」

「お断りします。私がやったらヤラセになりますので!!」

「私がやっても一緒だ!!」

「今から私と萃香さんは無関係。さあ、これで問題解決です」

「無茶苦茶だ〜!!」

デタラメ。理屈も何も無い。酷い。私も酒も飲むし、酔っ払いもする。けど、ここまで酷くは無い!!

(付き合ってられるか!!)
走り出す。走り出した。少なくともそうしたつもりだった。けど……

ガシッ。

しっかりと私の肩を掴む腕。そして、向けられる歪んだ笑み。

「逃がしませんよ?」

もう駄目だ。逃げられない。出来たのは覚悟じゃない。そう諦め。心が折れかけたその時、
「いい加減にしなさい!!」

ドゴンッ!!

衝撃音と共に、地面に激しく転がる天狗。何が起きたのかは分らない。ただ、分るのはこの天狗に天誅が下ったということだけ。

「大丈夫ですか、萃香様?」

「椛?」

天狗の中では下っ端に当たる白狼天狗。真面目で職務に忠実。そんな白狼天狗の中でも特に真面目なのがこいつ――犬走椛。

「ご迷惑をおかけしました」

文が動かないことを確認してから、こっちに綺麗に向き直り、丁寧に頭を下げる椛。

「いや、助かったよ。けど、どうして、ここに? あんたは山の警護が仕事じゃ?」

「理由というより原因ですが、この人せいです」

伸びている文をやや冷めた視線で指す。

「ネタがでないとかいって、自棄酒して飛び出していくときに、『私、1人は寂しいわ。だから一緒に来て♪』とか、仕事中の私をさらっていたんですよ……」

一気にそう説明を終えると、椛は「はあっ」と大きな溜息。ああ、苦労してるんだな。

「それではコレは回収していきます」

ヒョイと上司を担ぐ椛。

「あ〜、助けてもらって言うのもなんだけど、そんなことして大丈夫? 一応ソレ上司でしょ?」

「何の問題もありません。いつものことですから。あとで、じっくりと説教をしておきます」

「そう。じゃあ、お願い……」

「それでは萃香様、良いお年を」

ぺこりと頭を下げて、飛んでいく椛。それをただ静かに見送った。あ〜、来年は本当に良い年になって欲しいなぁ〜。

次のページへ