第1章 いつもが変わる日 予兆
1987年、バブル絶頂期と言われた時代。国の政策の1つに新都市計画というものがあった。その内容は東京近海に人口の島を創り、そこに新たな都市を創るというもので、言葉通りのものである。このプロジェクトのそもそもの理由は人口問題だと言われているが、世間では政治家の金儲けと言う者も多かった。まあ、言っている者にそれの説明を求めて何人答えられるか。と言ったレベルの話だが。そう言っている人間にとってはそれが真実か否かはどうでもいいのだろう。ただ、言えるのはそれだけ政治への信頼が無いということだ。そしてその信頼のない計画で完成する予定だったのが海上都市真瑠多(かいじょうとしまるた)である。ここで予定だったと言っているのはそのままの意味で、真瑠多は完成してなかったのである。その理由はバブル崩壊による資金不足。言ってしまえばただそれだけだが、計画の頓挫には十分なものだった。その後、中途半端に出来上がった島は中途半端に人が集まり、中途半端な街を創った。これが東京都真瑠多市(とうきょうとまるたし)の歴史である。今回の事件はこの真瑠多市の麻玖磨区(おくまく)から始まる。
「おっ早う♪ 聖」
「あ、お早う。澪」
聖は友人である神岬澪(かみさきみお)にあいさつを返す。彼女、桐嶋聖(霧島聖)はここ鳳城学院(ほうじょうがくいん)の一回生である。
桐嶋聖、彼女は自分に特徴と呼べるものはない。特徴がないのが特徴なのだと、思っている。が、あくまでこれは自分がそう思いこんでいるに過ぎない。特徴なんて、他人が見つけるものなのだから、彼女自身の意見は当てにならない。実際、彼女には綺麗に整った顔立ちと、今時珍しい腰まで伸びた黒髪、そして皆があこがれる白い肌がある。加えてボディーラインも決して悪くはない。まあ、服装は上下ジーンズと特徴どころか洒落気もないのだが。あと、自他共に認めるものとしては、女性にしては身長が高く、170cmあるということだろう。が、これは本人にとっては悩みのタネでしかない。ちなみに18歳である。
それとは逆に神岬澪は特徴を正確に把握していた。上げていくならば、まず出てくるのは、幼さを残した顔立ちであり、その大きな瞳がチャームポイントと自他共に認めている。また髪は茶髪にショートカットでシャギーを入れており、それが顔立ちとよくあっている。服装は赤のパーカーに赤地のチェック入りのスカート、黒のストッキングを着用している。これは彼女が基本的に赤という色が好きだからである。身長は160cmと最近の女性としては平均的である。彼女自身、自分の容姿にはそれほど不満もなく、むしろ自信すら持っている。が、時より聖のボディーラインにあこがれることもある。聖が際だっていいというわけではないが、自分ももう少し出るところは出て欲しいと思っている。まあ、女性らしい願いだ。ちなみに彼女は19歳だ。
聖はいつもの席にリュックを置くと、澪の方に顔を向ける。
「ねえ、澪は進路どうするの?」
「うっ、朝からいきなりな質問ね」
朝からと言えば確かに、いきなりな質問であるが、鳳城学園が短大で、その一回生の十月の話題としてはそろそろ出てもいい頃である。
「私、卒業後はしばらくフリーターをして、白馬の王子様が迎えに来てくれるのを待つわ。その後は永久就職よ」
「それはフリーターしながら、玉の輿のチャンスを待つ。て、こと?」
「さすが聖ちゃん、判ってる〜♪」
澪は満足気に頷くと、そのまま言葉を続ける。
「で、聖はどうすんの?」
「私?」
「教えてよ」
「私はまだ決めてないんだ」
澪は「ふ〜ん」と頷く。
「なら私と王子様を待つ?」
「私はもう少し考えてみるよ」
「そう。聖は清純派だから、いい線いくと思うんだけどなぁ〜。まあいいや」
ここで進路という話題は途切れ、
「そういや、昨日のニュース見た?」
と、澪の方から新しい話題を切り出した。
「私は見てないけど……、何かあったの?」
澪の顔に「ニヤ〜」と聞こえてきそうな笑みが浮かぶ。この話題を話したくて仕方なかったのだろう。
「ほら、吉野ってバカヤンキー覚えてる?」
「吉野君?」
吉野というのは聖達の同じ学部だった男である。だったという言い方をしているのはその通りの意味で、吉野は数ヶ月前に退学している。最も聖や澪とは同じ学部であったということ以外に繋がりはない。また、周りの噂でも悪い話は聞いても、良い話が出ることはなかった。聖にとってはただそんな存在ではあるが、
「吉野君がどかしたの?」
知った名前が出てくればさすがに多少の興味は出てくる。
その反応に満足したのか、澪は得意げに語り出す。
「あの田舎ヤンキー倒れたんだってさ。しかも原因不明」
「倒れた?」
「そう」
「原因不明?」
「そう」
「それだけ?」
倒れた本人や家族からすれば確かに事件なのだろうが、わざわざニュースが取り上げる理由は無いはずだし、聖としても興味はない。冷たいとか、それ以前に話もしたことの無いような、しかも、悪評ばかりの男を心配する気は起きない。
「それだけ」
聖の問いに澪も同じセリフで返す。が、疑問系の聖と断定の澪、二人のセリフはまったく違う意味を持っていた。澪が答えたのはその事実。聖が聞きたいのはことの全容であり、それこそが澪が語りたかったことである。そして、彼女はそれを実行する。
「あんたが言いたいことは判るよ。なんで吉野が倒れたことがニュースになるかってことでしょ?」
「うん」
「普通にあいつが倒れただけなら、ニュースにならないけど、これが吉野だけの話じゃないのよ」
「それ、どういう意味?」
聖が話に食いついてきたことに、機嫌を良くしたのか、顔には笑みが浮かび、口調もより得意げなものとなる。
「言葉どおりの意味よ。ここ二ヶ月の間に何人も原因不明で倒れてるらしの。しかも全員その後は昏睡状態。未だ誰1人として回復もしていない」
言われてみれば、確かに最近そういったニュースが流れていたような気がする。たいして興味も無かったが。まあ、こうして話題となれば多少は興味もでる。
興味と共に出てきた疑問を聖は口にした。
「でも、その倒れた人達が原因不明だからって、吉野君も同じとは限らないんじゃないの?」
「それはそうだけどね……」
「でも、そうだった方がおもしろいじゃん」と澪は続けた。
「なんか、はっきりしないね」
「そりゃそうよ。ここ二ヶ月の間に倒れた奴、あ、吉野も含めてだけど、そいつらの共通点って3つだけだもん」
「共通点?」
「そっ。さっきあんたが言った通り、共通点があるからって、みんながみんな、同じ原因で倒れたと限らないでしょ」
「う〜ん」
確かに当たり前といえば当たり前ではあるが、しっくりとは来ない。その原因はこの会話が言葉遊びになってるということなのだが、彼女は気づいていない。
澪はそれに構わず続ける。
「一応、共通点をあげてくと」
と、言いながら澪は指を三本立てる。
「一、原因不明。これは最初に言ったけど、どんなに検査しても病原菌や薬物は出なかったんだってさ。当然外傷もなし」
ここで、澪の指が、一本折り曲げられる。
「二、倒れた奴は誰一人、目を覚ましてないってこと、これがニュースになった一番の理由でしょうね」
そう言い終わると同時に二本目の指が折り曲げられる。
「三、倒れた奴はみんな日本人ってこと」
最後の指が折り曲げられる。嘘ではないだろうが、そんなことかというレベルの共通点だ。
「……澪、それおもしろくない。20点」
聖は澪を半眼で一別し、そう告げる。その表情から先程までの興味野色は失せていた。
「うっ…採点厳しいわね。赤点じゃない」
澪は口を尖らせ、
「でも、ギャグじゃあるけど、嘘じゃないわよ」
と、フォローをいれる。
「それは判るよ」
と、短く答え、聖は疑問を口に出す。
「澪、さっき二ヶ月前からって言ったよね?」
「うん」
「なんでこのニュースこんなに遅かったのかな?」
「ああ、そのこと」、と澪は頷き、口を開く。
「それは原因不明だったからじゃないの?」
「?」
その答えを理解できず、聖の顔にそのまま表情として出る。
それを察し、澪は改めて説明する。
「だから〜、原因不明で何人も倒れたもんだから、事件か事故か判んなくて、ニュースに出来なかったんじゃないかってこと」
「あ、そういうこと」
納得し素直に頷く。
「そういうこと。あんたもちっとはニュース見なさいよね。そんなんじゃ時代に乗り遅れっわよ?」
と、澪は得意げに胸を張る。が、聖の体は凍りついたかのように固まっており、その視線は、澪の後方に釘付けになっていた。
澪も気配を感じとる。それを待っていたかのように、気配は声を上げる。
「桐嶋ぁー。神岬の言うとおりニュースは見るべきだなぁー。しかし、神岬ぃー。俺の話を聞かんと、時代どころか、授業に取り残されるぞー」
声の主は心理学講師、山岡である。2人が周囲を見回すと、すでに他の生徒は皆席に着いていた。聖と澪の2人だけが、始業のチャイムに気づかず、立ち話をしていたのである。その後、2人は山岡に頭を下げると、それぞれ席に着く。こうして2人の1日は恥と共に始まった。
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