第3章 ストーカー 異常視点

「……はい、すみませんがお願いします」

 ガチャ!!

 望は乱暴に受話器を本体に戻すと、そのままベッドに倒れ込む。そして、

「……疲れた」

 と、ぼそっと1人呟く。

 望が電話をかけたのが、11時過ぎ頃。そして、現在の時刻は12時34分。実に1時間以上も電話をしていたことになる。しかも、その相手は友人ではなく、自分の学校の担任と校長。そこにきて内容は結構ハードーとくれば疲れもする。

 疲弊し、だらしなく寝転がる望。そのまま寝てしまいたいとさえ思う。しかし、その願いはすぐに来訪者の訪れで消え去る。

 コン、コン。

「……どーぞ」

 望が答えると同時に部屋の戸が開く。そしてそこに立っていたのは予想通り修道服姿の少女――セフィルだ。

「電話は終わったみたいですね」

「ああ、今、終わったよ」

 答える望の声に力はない。

「ずいぶん疲れてますね?」

「そりゃ、疲れもするさ、馬鹿担任と校長のタッグ相手に1時間以上も電話すりゃな……」

 セフィルが覗き込むと、望の目の辺りにはクマが出来ていた。今朝、7時頃、リビングで食事をとった時にはなかったはずだ。つまり、それだけ疲労が溜まったのだろう。

(よほど、無茶な教師だったのか、それとも望の日頃の行いが悪いのか……)

 まだ知り合って3日目のセフィルにはそれを判断することは出来なかった。取り合えず、目の前でダウンしている望に無難な答えをかけておく。

「……まあ、1時間も電話してれば疲れますかね」

「おまけに内容が内容だったからな……」

「で、うまくいったのですか?」

「ああ、なんとかな」

「それは良かった」

「……まあな」

 「良かった」と言ってきたセフィル。まあ、確かに彼女の目的を、いや、彼女と望の目的を考えれば確かにそうなる。最も、日常生活の視野から見ればデメリットしかないのだが。

 理解は出来ても、納得できないこの現状に望は深く溜め息を吐く。

「休学か……」

 休学――それが1時間以上もかかった電話の主題だ。昨夜、学校のグランドで、3人の少女達と再会した望。そこで、彼は白風姉妹が家出した理由とセフィルがこの街に来た理由を知った。そして、その結果、3つの世界の命運を賭けた戦いに参加することとなった。

 我ながら無茶だと、望本人もそれは自覚している。各々の世界を救うため殺し合いをしようとする3人の少女。内、2人は幼なじみの姉妹。そして、もう1人は顔見知りの宿無し外国人少女。その3人の誰にも死んで欲しくない。加えて姉妹には戻ってきて欲しい。それらの望の願いを叶える方法は自ら戦いに参加し、誰も殺さずに勝ち残り、本来1つの世界しか救えない方法で、3つの世界を救うしかない。

 そこまで思い出して、望は本日、2度目の溜め息を吐く。そうせざる得なかったというのは事実だが、あまりにも無茶苦茶だ。正直、運命を呪いたくもなる。今朝、起きたときに昨日までのことが夢であればと思ったぐらいだ。

「はあ〜」

 本日2度目の溜め息を零す望。その疲れ切った望の様子を心配し、セフィルが聞いてくる。

「先程から溜め息が多いですね?」

「まあね……正直、どうにもならないのは解っているが気は進まないしな……」

 望の歯切れは良くない。つまりそれが今の彼の心情なんだろう。

「気持ちは分かりますが、あまり、時間はありませんよ」

「時間がないか……」

 望は身体を起こすとベッドに座り直す。そして、セフィルに聞き返す。

「そもそも時間はどれぐらいあるんだ?」

「え?」

「いや、だから、この世界が滅びるまでの時間」

 この世界書を巡る戦いには制限時間がある。世界の崩壊の時がリミットだ。参戦する以上、把握しとかなければならないことだ。しかし、相方のセフィルは、

「さあ?」

 と、不安をかき立てる答えを返してくる。

「さあって……解らないのか?」

「はい。と言うより、決まっていないという方が正しいですね」

「どういう意味?」

「良い機会です。少し話をしましょう」

 セフィルは言いながら、望の机の椅子に腰を下ろす。

「話? 何の話だ?」

「3つの世界の現状です」

「……あまり難しい話は分からないぞ」

「安心してください。そんなに難しい話ではありませんから。どこから話しますかね……」

 セフィルは腕を組んで考え出す。『簡単な説明』を頭でまとめているんだろう。その考えている彼女の姿が『難しい話じゃない』というセリフの信憑性を低くしていく。

 正直、『難しい話じゃない』というセフィルの言葉はイマイチ信用できなかった。これまで一般学生だった望には昨日の『書』にしろセフィルにしろ、彼女達が『普通』と思っていることは、これまで縁もゆかりもなかった世界の話だ。そこには常識の差がある。彼女たちが常識として言ってくることも、望には常識ではない。それでも彼がなんとか話に着いていけるのはその手の漫画やゲームを趣味としていたからだ。

(まあ、これも異文化交流かな)

 望がそんなどうでもいい結論にたっしたところで、セフィルの方もまとまったらしく、組んでいた腕を解いて説明を始めだした。

「まず、昨夜、『書』が運命は決まっていると言っていたのを覚えてますか?」

「ああ。確か、全ての存在の行動はあらかじめ決められてるってやつだろ?」

「そうです。しかし、それは今、この時だけは当てはまらないのです」

「どういうこと?」

「冷静に考えてください。もし、今回の件も運命で決められているとしたら、それは戦いに参加する者も決められていれば、その戦いの経過、そして勝者すら、決まっていることになる。それはあまりに理不尽で、無意味だと思いませんか?」

 確かにその通りだ。結果が決まっている戦いに意味はないし、理不尽だ。

「そりゃ確かにあんまりだな」

「そうでしょう。そうなれば『戦い』に意味はない。だから戦いの期間だけ、運命は無くなるのです」

 なるほど。それは確かに公平だ。それならば、戦いに意味はある。

「……戦いだけは公平か、運命ってのは勝手だな」

 それが素直な感想だ。最もそれなら、最初から無いのが一番いいと思うが。まあ、そうなると世界の仕組み上、すぐに世界は滅びることになる。うまくはいかない。

 望の「運命は勝手なもの」という感想をセフィルは否定する。

「いえ、そうではありませんよ」

「え、でも……」

「今、世界に運命が存在しない理由は『世界書』の『力』に因るものです」

「それはつまり『世界書』が運命を消してるってことか?」

「まあ、平たく言えばそうなります。そして、これが『世界書』の力……。世界の全てを操作する力。その『世界書』の力は既に発動しているのです」

「世界を操作する?」

「そうです、滅びに瀕する世界を今、支えているのは世界書の力。後は、そこに意志を伝える者が加われば、その力は完全に発動します」

「なるほどな……」

 つまり整理すると、

1,世界書が戦いの期間だけ運命という世界の筋書きを無効にする。

2,運命という支えを失った世界を支えているのも世界書の力。

3,世界書の力は発動しており、あとはそこに誰かが加わればその力は完全になる。

 と、いうことになる。そう言えば昨夜、凪芭と『書』は俺があの場にいたことを偶然か偶然じゃないかと話していたが、それはつまり1の事を言っていたのだろう。

 整理して、今までの部分を理解したところで、最初の質問の答えがまだ出ていないことに望は気付く。

「そこまでは解った。けど、今までのと世界の崩壊が決まっていないってのとはどう関係してるんだ?」

「今、世界に運命という時間の流れを決める枠はありません。それは世界の有りとあらゆる存在に可能性が与えられたことになります。そしてそこから人々、いや、生命は様々な選択をしていくでしょう……」

 それは素晴らしいことのように聞こえる。が、それを語ったセフィルの声はそれを否定していた。

「それが不味いのか?」

「はい。その選択の積み重ねによって、生じる結果が稀少なものであればあるほど、それは大きな『淀み』となります」

「どういうのが稀少になるんだ?」

「例えるなら、それまで一般的な生活をしていた学生が、ある日、いきなり世界の崩壊の危機に気付き、それを止める戦いに参加するとかですかね」

 そう『説明』してくれているセフィルの目は当然こちらに向けられている。共に戦うことになった今でも、参加したこと自体は良く思っていない、いや、根に持っているのが伝わってきた。

 望はセフィルの視線から、顔を背け明後日の方向から、彼女に感謝の言葉を告げる。

「……えらく具体的な例えをどうも」

 窓の方を向いたままの望。そんな彼の姿にセフィルは溜め息を吐く。

「まあ、冗談はおいておくとして、簡単に言えば日常のあり方から、大きく外れる事などが稀少に当たるでしょう。今すぐに世界が滅びるということはまずありません。ただ、それらが膨らみ限界に達した時、世界が滅びるということは覚えておいてください」

「なるほど、そう言う仕組みか……」

 確かにそうなると、世界の崩壊がいつぐらいになるかを予測することは出来ない。解るのは下手をすれば明日、いや、最悪、数分後には世界は滅びるかもしれないということだ。まあ、実際はそこまで早く世界が崩壊すると言うこともないだろうが。

「以上が世界の現状です」

 セフィルの説明はここで終わる。現在の世界の状況は理解できた。その上で、身近な疑問に気付く。

「何か聞きたげな顔ですね。質問ですか?」

「1ついいか?」

「何です?」

「結局、俺達はこれからどうしたらいいんだ?」

 それは一番に考えなければならないことだ。戦うと言ったところで、紅璃と凪芭がどこにいるのかも解らないのだ。

 セフィルもそれは考えていたのだろう。すぐに現状を考慮した答えを返してくる。

「すぐに彼女達を探し出して戦う。と、言いたいところですが、今、戦うのは得策ではありません。私達はまだ、この身に宿った『力』を使いこなすどころか、把握さえ出来ていません。まずはこの身に宿った『力』を見極めるところから始めなければならないでしょう」

「まあ、そうなるよな……」

 実際、望にしろセフィルにしろ、『力』を漠然とは感じているものの、それがどういったもので、どうすれば使うことが出来るのか解らないでいた。

 望は頭を抱える。こと『力』を一番、深刻にとらえているのは望だ。『力』を得た4人。その内、2人の少女――紅璃と凪芭は昨夜、あの瞬間に『力』を理解していた。それに対し望とセフィルは人間だ。先の2人と同じようにはいかない。しかし、それでもセフィルは『人間の代表』である。『力』を得るべくして得た存在だ。望よりは遙かに芽がある。だが、望は違う。天使でも悪魔でもなければ、『人間の代表』でもない。ただ戦いに紛れ込んだだけの普通の人間。そこにそういった素質があるかは正直、怪しい。

「………」

 嫌な現実を再認識する。それがこれほど苦痛とは正直思わなかった。今、鏡を見たら相当、暗い顔になっていることだろう。そんな俺の様子に気付いたのか、セフィルはフォロー入れてくる。

「時間にそれほど余裕があるわけでもないですが、まったくないというわけでもありません。望はまず『力』に集中してください」

「それってどういうこと?」

「言葉どおりです。世界自体はまだ『書』の力で持ちますし、あの天使と悪魔もまだ、襲ってくることは無いでしょうから」

 セフィルが紅璃と凪芭を『天使』と『悪魔』と呼んだことに、少しばかりカチンとくるが、俺はそれを抑え、聞き返す。

「……あいつらが襲って来ないってどういうことだ? 正直、情けない話だけど、セフィルはともかく、俺は間違いなく弱いぞ。倒すならまず俺だろ?」

「……確かに『倒す』ということが目的ならば、望が真っ先に狙われるでしょう。しかし、それは目的ではなく、あくまで手段です。彼女達……いや、私達の目的はそれぞれの世界を救うこと。だから、今、望と私を襲うことは無い。望は昨夜、なぜ『世界書』が1つの世界しか救えないのか、その理由を『書』に聞いていましたよ。それは覚えてますか?」

「ああ、確か『書』と術者が力を合わせて、消せる淀みだったっけ? それを消せる量が世界1つ分ぐらいしか出来ないってことだったろ?」

「そうです。しかし、それも正確ではありません」

「どういうことだ?」

「正確には『書』と戦いに勝ち残り、敗者の『力』を吸収し、成長した術者の『力』で消せる淀みが世界1つ分なのです」

 敗者の力を吸収というところにいやな予感を覚える。そして、その嫌な予感は程なくして当たる。

「……勝ち残っても『力』が足りなければ世界は救えないってことか?」

「そうなります。そして、現在、私達と彼女達の力を足しても、世界を救うには足りないでしょう」

 彼女が言っている事はたぶん理解できている。だからこそ望の中に疑問が生じる。

 望は確認するためセフィルに問い返す。

「それはつまり、今回の戦いに参加した4人がもっと成長してからでないと、決着をつける意味が無いってことだよな?」

「そうです」

 セフィルはそれを肯定する。望の解釈は間違っていないようだ。それはつまり望の疑問も的外れではないということになる。望はそれを切り出す。

「でも、それって変じゃないか?」

「どこがですか?」

「今の時点では俺達4人の力を合わせても足りないから、力を成長させてから決着って言うのがさ」

 これは明らかに変だ。理由になっているようでなってない。

「確かに今4人の力を合わせても足りないかもしれない。けど、それなら4人の力を手に入れた後に手に入れたやつが力を成長させればいいんじゃないか?」

 そう効率を考えるなら、こっちの方がいいのだ。そして、これが肯定されるなら2人の立場は一気に危険なものになる。

 望は緊張の面持ちでセフィルの顔覗き込む。が、当のセフィルは冷静にそれを否定した。

「それは無理ですね」

「どうして?」

「私達4人の内、誰かが勝ち残った時点で戦いは終わってしまうからです」

 意味が解からなかった。戦いが終わるということのどこに不都合があるのか? 実際終わらせてから、『力』を成長させたほうが安全で確実だ。

「? それに何か不都合でもあるのか?」

「はい。力が足りない状況であれ、戦いに決着が付けば『書』が再び具現化します。そして、それは『書』と術者がそろう最初で最後の瞬間になります」

「……決着を付けたその時が『書』を使う時ってことか」

「はい。その時以外に『書』は現れません。そして、『書』が具現化していられるのも、ほんのわずかな時間です」

 なるほど『戦い』が終わる時が、全てに決着が付く時だということか。しかし、それでもまだ納得は出来ない。

「でも、それなら4人の内2人だけ生き残れば……」

「それも無理です」

「何で?」

「それはまだ『時』が定められていないからです」

「時?」

「そうです。今どんなにあなたが、あの2人と決着を望んだとしても『時』が満ちていない今の状況では戦うことは出来ません。そしてこれはその『時』が来れば嫌でも戦うことになるということです」

 さっぱり解からない。今の世界には『運命』はない。その世界で『定められた時』というのはありえないはずだ。それこそ矛盾だ。

 それにこのセフィルの答えは説明になっていない。というより、最初から教える気がないような答えにすら思える。

 たぶん今聞いても満足いく答えは帰って来ないだろう。まだ会ってほんの二日しか経っていないが、セフィルという少女を俺はそう理解していた。

「……そうか」

 俺はとりあえず今はそれで納得することにした。昨夜から今までに聞いた話はあまりに常識からかけ離れているものばかりだ。しかも、その情報量も半端じゃない。今は新しい情報を仕入れるよりも、わかっていることを整理するほうが先だろう。ここで、頭の中で2回目の整理を行う。

1、世界を救うには術者の力が一定量必要。

2、そのため戦いに参加した4人がそれぞれ強くなってから、決着を付けねばならない。3、決着が付いたその時が『書』を使うとき。

4、はっきりとした理由は解からないが、どうも『時』が来なければ参加者同士の決着は付けられないらしい。

「………」

 望は頭を押さえる。なんというか、前途多難もいいとこだ。自分が強くなるのはもちろん、セフィルと紅璃に凪芭の3人までもが強くならなければ、世界は救えないときたもんだ。ただでさえ不利な条件がよりいっそう厳しくなった。ただ、まあ、すぐに狙われることが無いというのは救いだが。

先行きの暗さに望の表情が曇る。そんな彼に気づいていないのか、それともあえて触れないのか、とにかく変わらぬ口調でセフィルは話を付け加えてくる。

「ああ、そうだ。望にはもう1つやるべきことがあります」

「……何?」

 正直、聞きたくはないが、聞かざるえをないので、一応返事をしておく。

「武器を探しておいてください」

「……はい?」

「だから武器です。これからの戦いのために『力』以外に使える武器を用意して置いてください」

「………」

簡単な口調でセフィルは追い討ちをかけるかのように無茶な要求をしてくる。俺はそれに完全に言葉を失う。

「望? どうしました?」

 そんな俺の様子を解らないといった感じで、セフィルが聞いてくる。だから、俺は解りやすいように嫌味で答えてやる。

「いやな、俺の前にいる外国人のお嬢さんはどうも、日本という国を理解してくれてないみたいだからな」

「……どういう意味ですか、望?」

 聞き返してくるセフィルの声は当然硬く、多少気圧されそうになるが、俺は負けずに言い返してやる。

「言葉どおりの意味だ。この日本って国には銃刀法ってのがあって、民間人が武器を手に入れることは出来ないんだよ」

 まあ、厳密に言えば許可を取れば刀や猟銃が手に入らなくは無いが、時間もかかるだろうし、手に入れたところでそんなもの持って街を歩くことも出来ない。それにそもそもその許可の取り方も俺は知らない。

 望の説明にセフィルは少しばかり腕を組んで考える。が、それもすぐにやめて、ただ一言で結論を出した。

「……まあ、そこはどうにかしてください」

「いや、無理だって……」

 一介の高校生にはどうにも出来ないセフィルの結論に、望は諦めつつも、喉から声を絞り出して拒否した。

 セフィルはそれを完全に無視し、椅子から立ち上がると、

「さてと、私は今から部屋で『力』の訓練をします。何かあったら部屋まで来てください。それじゃ」

 と、それだけ言い残して、流れるような自然な動作で望の部屋を出て行った。

 残された望は1人、頭を押さえベッドに倒れこむ。そして、

本気かよ……」

 と、1人呟いた。

 ◆◇◆◇◆

教室。そこはいつも変わらない空間。価値の無いクラスメイトが居て、ムカつく教師が時間になったら来るそんな空間。そこは本当にいつもどおりだ。これだけの変化があったのに、何も変わらないんだから。

 僕はそれに吐き気を覚える。なんでこいつらはいつもどおりの生活が出来るんだろう。今、この教室には確実に足りないものがあるのに……。何で誰もそれを疑問に思わないんだろう。何で誰も追及しないんだろう。

 考えれば考えるほど腹が立ってくる。しかし、それすらも誰1人気づこうとはしない。本当に頭に来る。

 だから、僕はここを出て行くことにした。幸い、今は昼休みだ。誰も気づきはしないだろう。仮に気づいたとしても、今、この学校の奴等はイカレテル。だから僕に声をかけてくることは無い。

 僕は荷物をまとめることにした。このいつもどおりイカレタ教室から出て行くためだ。全てはあの人を見つけるために。

 ◆◇◆◇◆

「ふぅ〜。やっぱ見つかるはず無いよな……」

望は落胆と徒労の表情を浮かべ、店を出る。今、望が出た店、『おもちゃの橘』で既に5件目だった。

 昼のセフィルとの会話から約2時間、望は家から徒歩10分のアーケード街まで来ていた。普段、望がここに来るのは気晴らしためなのだが、今は気晴らしどころか、逆にストレスがたまるような用件でここに居る。その用件とは当然、武器探しのことだ。

 やはりというか、当然というか望の予想通り武器探しは難攻、いや、それどころか一歩も前進していなかった。

 2時間前、セフィルとの会話の後、望が部屋で1人考えること10分。望が最初に思いついた、というより1つしか思いつかなかった武器は、彼が中学時代に部活――剣道部で使っていた竹刀だった。

 思いついたらなんとやらで、望はすぐに物置の探索を始めた。それから30分。苦闘の末、物置の底から埃を被った竹刀。と、埃どころかカビの生えた防具一式を発掘したのだ。

 とりあえず、防具一式は見なかったことにして、望はすぐに彼女の部屋に竹刀を見せに行ったのだが、その結果は当然、『却下』だったわけである。

 ちなみにその『却下』内訳は、

1、「何を考えているんですか!?」

2、「あなたはそれで何をするつもりなんですか!?」

3、「そもそも私が探せと言ったのは武器です。武器!! そんなスポーツ用品ではありません!!」

 と、なっている。当然、このセフィルの剣幕に望は反論どころか、口を挟むことも出来なかった。

と、まあ、そんなわけで望はとりあえずというか、しぶしぶという感じでこのアーケード街に来たわけである。最初は金物屋で包丁を大量に買い込んでいこうかとも考えたが、それではまた、先程のようにセフィルに『却下』されてしまうだろうと考えて、それは思いとどめた。

 それで、歩きながら考えた結果が『おもちゃ屋』だったわけである。もちろんこれは変身ヒーローのおもちゃの剣や銃を買うためではない。武器を見つけるためだ。

 小学生の頃、ニュースで『エアガンや、ガス銃で遊んでいた大人が大怪我をした』という、報道があったのを思い出したからだ。

 何年も前の話と言うのは解っているが、他にいい案も浮かばなかったので、そのエアガンやガス銃を探して、今まで街中のおもちゃ屋を見て回っていたというわけだ。

 ちなみにその成果は、あれから2時間以上もたっていると言うことと、5件以上もおもちゃ屋を回っていると言うこと。そして、望が何の手荷物も持っていないということから、簡単に推測できる。つまり、収穫なしということだ。

「はぁ〜」

 望の口からため息が零れる。この2時間で、既にアーケード内のおもちゃ屋は全て見てしまっている。先程の『おもちゃの橘』がこのアーケード内の最後のおもちゃ屋だった。正直、他に当てはない。

 そもそも、今の日本で武器を手に入れるなんて、民間の学生には無理だ。まあ、人によってはどうにかしてしまう人もいるだろが、それこそまともな人間ではないだろう。

 真剣に金物屋で包丁を買って帰るかと、頭を抱え歩く望。そんな彼の視界に馴染みある看板が飛び込んできた。

「レオか……」

 それは望の行きつけのゲームセンター『レオ』の看板だった。どうやら無意識のうちにレオの前に来ていたらしい。

 望は店の前で足を止める。馴染みの店レオ。少し前までは学校をサボってまで通いつめた店だ。しかし、気づけばここ数日、その存在自体を忘れていた。

「……息抜きは必要だよな」

 自分とその今置かれている状況に言い訳しながら、望は店の中へと進んでいった。

 ◆◇◆◇◆

 街。ここは僕が生きる街。そして、彼女がいる街。だから僕はここにいる。だから僕は今までここで生きてこられた。

この街は僕を閉じ込める牢獄。僕は外を知らない。前はそれが悔しくて、悲しくて、恨めしかった。でも、今は外には興味が無い。そんなものには何の価値も無い。今必要なものは『彼女』だ。ここ数日、彼女は姿を見せない。心配だ。とても心配だ。だから、僕は街を探す。彼女がいるはずのこの街を。

 この街は楽園だ。僕と彼女をつなぐただ1つの世界。だから僕はここでしか生きられない。

 ◆◇◆◇◆

「はあ、相変わらず駄目か……」

 望はため息を零しながら、レオを出る。息抜きで入ったゲームセンターなのだが、その結果は、まあ、見ての通りだ。

望はトボトボト歩き出す。別にこれから行くあてがあるわけではない。ただ単にゲームセンターでの連敗に嫌気がさして、場所を変えたいだけだ。そして、付け加えるなら、今の彼の頭には既に『武器探し』という言葉は残っていない。

「もう引退かな……」

 よほどゲームでの連敗が堪えたのか、腹の底からどんよりと吐き零す。たかがゲーム。されどゲーム。望の足取りは重い。

 当てもなく彷徨う望。やがて彼の足は彼を珍しい場所へと運んでいた。

「ん? ここは……」

 綺麗に手入れされた花壇。計算されたように並べられた木々。そして、それらの中央に構えられた人口の池。そうここは公園。およそ人が想像する公園の理想系のような場所『音留麻ふれあい公園』だ。

「……久々だな」

 俺はゆっくりと足を踏み入れる。この公園には前に何度か来たことがあった。確かあれは凪芭の買い物に付き合ったときだ。本当は紅璃が一緒に行くはずだったけど、急用でいけなくなったとかで、俺が誘われたんだ。最初は敬太も誘ったけど、あいつも用事があって付き合えないとかなんとかで、結局2人で行くことになったんだっけ。で、凪芭の買い物が終わって帰る途中にここに立ち寄ったんだ。

 望は無意識のまま公園の奥へと入っていく。かれこれもう1年近くたつが、公園の中は前に来たときとなんら変わっていない。少なくとも目に見えた変化は無い。だが、何故か望の瞳にはここの光景が新鮮に写る。

 だが、それも当然のことかと望は納得する。考えてみればこの公園自体あることは知っていても、そう来るようなところじゃない。望自身この公園と縁のあるような生活はしていなかったのだから。

 前、たまたま凪芭から借りた小説の主人公が言っていた台詞の中に『人間は自分の国どころか、住んでいる街のことすら知らない。人間が知っているのは自分の周りだけだ』とか、いうのがあったがこれがそういうことなんだろう。まあ、それを読んだ時はそれは無いだろうと、突っ込んだが。

 俺は歩きつかれた体を休めるために、手近なベンチに腰を下ろす。

「ふう」

 ようやく一息つけた気がした。普通にただ街を歩くというのと、物(見つかりそうもないもの)を探すという目的で歩くのは違うらしく、ベンチに座った瞬間、どっと疲れが出た。

「うっ、寒」

 ほんの数日前までは残暑が厳しかったはずなのに、今はもう吹く風が冷たい。そして、気づけば園内の樹々の葉もそれぞれ紅や黄と色を変えている。

「もう秋か……」

 望は先程のゲーセンで買ったコーヒーをポケットから取り出すと、そのまま缶を開けコーヒーを口に含む。

「……ぬるい」

 歩いている内に冷めたのか、それとも補充したばかりだったのか、コーヒーは暖をとるには少々ぬるくなっていた。

 背もたれにもたれかかり、周囲を見渡す。昼下がりの秋の公園。そこは季節を彩る紅葉やイチョウが茂る『秋』のある世界。風情もあり散歩に持って来いの場所だ。

だが、今、望の視界の範囲には人の姿は無い。今の世の中、平日の昼間に公園に散歩に来る人間はいないらしい。

「現代人は忙しいな」

 まあ、実際、望も『戦い』に巻き込まれなければ、こんな時間に公園で過ごすようなことも無かっただろう。

 何も考えずに公園の情景を見つめる。ただこれだけのことが、何故かとても贅沢なことのような気がした。

 ぼんやりと公園を眺める望。その彼の視界にやがて1つの見覚えのある人影が入ってくる。

「……水沢?」

 見覚えのある学生服姿の男。それは望のクラスメイト、水沢和樹の姿だった。彼、水沢はクラスでもあまり目立たない存在である。元来のおとなしい性格に加え、外見的にも特徴も無い。身長もそれほど高くなく、望よりも低く、体型にもこれといった特徴は無い。望が知りうる水沢和樹という男はそんな感じだ。クラスでは会話することもあるが、友人と呼べるほど中が良いわけでもない。

 ぼんやりと水沢を見る望。その視線と望の姿に向こうも気づいたのだろう。水沢は望へと近寄ってくる。

「やっぱり夢想か。休学中の君がこんなところで何やってんの?」

 不信なものを見るような目で、聞いてくる水沢に望は彼らしくいつもどおり、ぶっきらぼうに返してやる。

「何もしてない。ただ、ベンチで休憩しているだけ」

 望を知らない人間なら、ここで多少気を悪くするものなんだが、そこは望を知っているクラスメイト。特に気にせず、続けてくる。

「ふ〜ん。そう。でも、今日から君は休学なんだろ? 理由は知らないけど、こんなところでのんびりしていてもいいのか?」

 最もな意見だ。言われてみれば今日は武器を探すという目的で街に来ていた。それをサボってここでこうしているのはあまり褒められたことじゃない。が、

「まあ、いろいろと忙しいと言えば忙しいが、それでもこうやって休むぐらいの余裕はある」

 と、望は軽く切り返した。多少なりとも休む余裕が無ければ、どのみちこの先やってはいけない。

「でも、休学するんだ?」

「そう。こうして休むぐらいの暇はあるけど、学校に毎日通うのは無理だからな」

 事実である。現状で学校に通うの避けたほうがいい。実際、『戦い』に巻き込むことになりかねない。

「ふ〜ん」

 一応、納得したのか、水沢の質問はそこで終わる。彼の質問が終わったところで、今度はこちらから質問、もとい話題を振る。

「そう言うおまえはどうしたんだ? まだ、学校が終わるには早いんじゃないか?」

 望の座るベンチから見える公園の時計塔に表示された時間は午後3時過ぎ。まだ、学校では授業中である。

 水沢は後ろに振り返り、時計塔を一瞥すると「ああ」と、さして興味が無いように(実際無かったのだろう)声を上げ、つまらなそうに答えた。

「夢想と同じさ。僕も休みをとったんだよ。自主休講だけど」

「サボりか」

「まあね」

「………」

 望は言葉を失う。望が知るクラスメイトの水沢和樹は、とにかく真面目な生徒だったはずだ。それこそ試験が近づけば、クラスのダメな男衆は彼にノートを借り、それをコピーして回っていたぐらいだ。(ちなみに望はノートを凪芭に見せてもらい、家庭教師を敬太にしてもらっていた)当然、無断欠席はもちろん、授業をサボるなんてことも無かったはずである。

「どうかした?」

 無言になった望の様子を変に感じたのだろう。水沢が聞いてくる。望はそれに正直に感想を答えてやった。

「いや、おまえはそんなことするようなヤツとは思わなかったんだけどな……」

「え……?」

 望の答えに今度は水沢が固まる。その顔はまるで、この答えが思いも付かなかったもののような顔だ。

 水沢は何かを少し考え込むと、やがてゆっくりと望に返す。

「……確かにね。ちょっと前の僕ならしなかっただろうな。けど、今は違う」

「なんで?」

「今の学校が嫌いだから……かな? 理由は無いけど」

 そう答えた水沢の顔はどこか、冷めた感じがした。それは多分、彼が『今の学校が嫌い』という事実をありのままに答えたからだろう。だから、望もその彼の答えをそのまま受け入れた。

「……そうか」

 そして、2人の間から言葉が消える。

「………」

「………」

 望から話すことは特にない。ここのままなら、2人の会話は終わりだ。が、水沢は未だ立ち去ろうとはしていない。つまり、何かまだ用事が、それも聞きにくいことがあるということだ。

 現に水沢が何かを、おそらくは会話の糸口となる言葉を捜しているのが解る。

(はっきりと言えば良いのに……)

 そうは思ったが声には出さなかった。まあ、彼、水沢からしてみれば、ただでさえ聞きにくいことを、友人でもない男に聞こうというのだから、やりにくいのは当たり前なのだが。

 最もそれは水沢の都合だ。俺はそれに付き合ってやる気はない。そして、水沢が聞こうとしていることは大体予想も付いている。が、一応興味もある。だから、俺は水沢に助け舟を出してやる。

「……まだ、何か話したいことがあるみたいだな?」

「……え? なんで?」

 この『何で?』は当然、何故そんなことを? という疑問ではなく、何故それが解った? という疑問だ。

 俺は親切にもそれを言葉にして答えてやる。

「そりゃ、解るさ。俺達はクラスメイトじゃあるけど、別にダチってわけでもない。そして、さっき世間話も終わった。俺からは話すことはない。それなのにお前がまだそこに突っ立ってるということは、お前にはまだ話すことがあるってことだろう。しかも、それはお前からしてみれば、少し聞きにくいこと。違うか?」

 俺の言葉は完全に水沢の今の状況を言い当てている。これで、水沢の外堀は埋めた。水沢はこれで俺に言いかねていることを言わざる得なくなった。

 水沢は少し困惑した様子だった。が、やがて、観念したのか、「やれやれ」と、語りだす。

「……参ったな。そこまではっきり言われると、こっちも話さないわけにはいかないよ。しかし、君は本当にズバズバと物を言うな。そこまで察していたんなら、もう少し決心が付くまでまってくれても良いと思うけど?」

 水沢から先ほどまであった遠慮が消える。今のやり取りで彼の中から緊張は消えたらしい。それを確認した俺もこれまでの遠慮を消して答える。

「悪いけど、俺もそこまで暇じゃないんでね。それにこうされれば意外と楽だろう?」

「確かに話しやすくなったよ。というより話さざる得ないってところだけど」

「どっちも同じさ。さ、話せよ。間を置くとまた話しにくくなるぞ?」

「そうだね」

 最後にもう一度、俺に急かされ、水沢は口を開いた。

「じゃ、率直に聞くけどさ、夢想は白風さん達のこと知らないのか?」

 それは本当に言葉どおり率直だった。そして、望が予想していたものでもあった。だから、あらかじめ用意していた台詞で応じる。

「どういう意味だ?」

 その定番どおりの言葉が癇に障ったのか、水沢の口調が強くなる。

「今どこにいるのかってことだよ!!」

 水沢の問いは本当に率直だ。それはもう感心するぐらいに。とは言え、正直に2人のことを話すわけにはいかない。だから、またも定番の台詞で答える。

「知らないよ」

「本当か?」

「嘘ついてどうする? そもそも知ってりゃあいつらの親御さんに連絡するよ」

 我ながら最もな言い分だ。嘘としては完璧だろう。

「……そうか」

 俺の答えに、急に水沢は熱を失う。まあ、求めた答えが手に入らなかったのだから仕方ないが。

 立ち尽くす水沢。会話の答えは出た。が、それだけでは2人の会話は終わらない。俺はそれを終わらせるために、既に用意されていた文を読み上げるように話しかける。

「なんで俺が知ってるなんて思ったんだ?」

 理由は解っている。それは俺とあいつらが仲がいいからだ。そして水沢の答えも当然そういうものではあった。

「君らは聞いた話じゃ、親戚以上家族未満って仲だろう? その君がいきなりこの時期に休学するとか言えば、何か関係あるんじゃないかと思うよ」

「……なるほど」

 予想よりも凄い答えだ。それは聞きようによっては、イロンナ意味にとれるぐらいに。納得よりも驚きが大きい答えである。

 これで、彼と話すべきことは終わった。あとはこの会話を終わりに持っていくだけだ。

「おまえの言いたいことは解った。けど、悪いが力にゃなれない」

「みたいだね」

 これで会話は完全に終わる。後は互いに分かれるだけだ。が、水沢はまだそこにいる。

「ん? なんだ。まだ、何かあるのか?」

 何かまだ、残っていたのだろうか? 正直、これ以上居心地の悪い会話はしたくないは無いんだが。

 そんなことを考えていると、水沢はそれこそ言いにくそうに、小さな声で言ってくる。

「いや、聞かないんだなって思って……」

「……何を?」

「……僕が彼女達のことをなんで聞こうとしているのかをさ」

 ああ、なるほど。確かにそうだ。考えてみれば水沢はあいつらともクラスメイトでしかなかった。そう考えれば、確かにこれまでの会話は不自然といえば、不自然か。まあ、彼が「聞かないのか?」と、言い出した時点で答えは聞いたようなもんだが。

「聞いて欲しいか?」

 俺はここまで会話をした者の義務として、そう聞いてやる。水沢はそれに「いや……」と、短く必要最低限に答えた。

 クラスメイトというだけの極めて接点の小さな、2人の会話はこうして幕を下ろした。


                                  

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