第3章第2節

「というわけで、武器は見つからなかった」

「………」

 なんとも言えない気まずい沈黙が望の部屋を支配する。部屋にいるのは望とセフィルの2人だ。そして、現在、気まずい雰囲気(沈黙)を作り出しているのがセフィルで、その原因となったのが望である。

 『武器を見つけて来い』と、無茶な指示(命令)を受けてから、早数時間。既に外は暗くなっていた。

 望は公園で水沢と別れた後、それこそ自然に帰路に付いた。そして家に帰り着き、居間入った瞬間、正確には居間でおそらくは自分の帰りを待っていたであろう、セフィルの顔を見た瞬間に武器のことを思い出したのだ。

 何も持たずに帰ってきた望。その姿を見たセフィルが「お帰りなさい、望。帰った早々で悪いんですけど、手ぶらな理由を聞かせてもらえますか? もらえますよね?」と、言葉に丁寧に怒気をはらませて、言ってきて、そのまま部屋に連行され、説教モードに突入したわけである。

 そして、今、これまで何をしていて、(当然、ゲーセンに行ったことと、公園でサボっていたことは省いて)どうして武器が見つからなかったのかを説明し終えたところだ。

「………」

 セフィルは無言だ。その綺麗な顔は涼しそうにしているが、当然そこからは怒気が感じられる。なんというか、居心地が悪い。自分の部屋をこれほど居心地が悪く感じたのは初めてだ。

 そもそも『武器を見つけて来い』というこの指示が無茶で無理なわけで、一般的考えれば望は悪くない。望もこれがセフィルじゃなく、それこそ普段から馬鹿を言う敬太や、無理と無茶(を他人にさせるのが)が大好きな紅璃が言ってきたことなら、「無理だし、無茶だから出来ない」と、すっぱりと言い放つところだ。が、何故かこの目の前の少女にはいつものように自分のペースで言い出せないでいた。

 これは戦いに武器が必要だからとかいうことではなく、ただ単に望とセフィルの2人では、なぜか、(それこそ相性的なもののせいで)セフィルの方が主導権を握ってしまうためだ。しかも、当の望はそのことにすら気づけないでいる。時に相性とは恐ろしいものである。

 部屋に広がる気まずい空気と沈黙。それをなんとかしようと焦る望。だが、それは以外にもセフィルの方から沈黙は破られた。

「ふぅ……まあ、仕方ないですね。望の話が本当ならこの国で武器を手に入れるのは難しいみたいですし……」

 セフィルの諦めとも歩み寄ったともとれる意見に、望は即座に同意する。

「本当、その通りだよ!! 実際、どうすれば武器なんて手に入るのか、検討もつかない!!」

 噂ではネットで購入することが出来るらしいと、聞いたことはあった。が、それこそ普通の通販とはわけが違う。一介の高校生には無理な話だ。

 一気にまくし立てる望の姿を不信に感じたのだろう。セフィルはその形のいい眉をひそめ、訝しげに望に問いかける。

「……私は日本という国では、手に入らないものはないと聞いていたんですが……?」

 不信感を露にしたセフィルの眼差し。望はそれを払うために気持ちを落ち着けて答える。

「……そりゃ、あくまで国民の生活水準が高いって話だよ。本当になんでもってわけじゃない」

 当たり前の話だ。というか、こと非合法な物であれば、海外の方が手に入れやすいだろう。

「……そうなんですか?」

 自分の持っていた日本のイメージと実際の日本との差にセフィルは驚いているらしい。

「そうなんだよ……」

ようやく日本という国を理解してもらえたことに望は安堵する。そんな望の表情を見て、セフィルは素直な感想を告げた。

「……噂ほどでも無い国ですね」

 愛国心がある者(お年寄り&右○な人達)が聞けば、激怒しそうな発言だが、望はそんなものを持ち合わせていない。だから、

「まあね」

 と、軽く同意出来る。

 軽く答えた望とは対照的に、セフィルは暗い表情で呟いてくる。

「はぁ、それはそうと、どうしましょうか……」

 このセフィルの『どうしましょうか?』というのは当然、武器のことだ。

「どうって言われてもな……俺に当てなんてないぞ?」

「……それはもう十分に解りました」

 セフィルはややげんなりした顔で吐き捨てるように答えて来る。まあ、それもそうか。そもそも俺に当てがあればこんな話にはなってない。

 セフィルはかなり疲れた様子である。その様子から望はセフィルを完全主義者なんだろうなと、理解した。

 疲れた様子のセフィル。その一方で当の本人である望は然程、いや全然、気に病んでおらず、(そもそも、戦いに必要だということは解っていても、その武器が紅璃と凪芭に向けられることになる。という時点で気乗りはしない)

「まあ、どうにかなる」

 と、かなりお気楽なことを考えている始末だ。

 が、それがいけなかった。いや、厳密に言えばそれが声になっていたことがなのだが。

「望……面白いこと言いますね?」

「へ? 俺何か言った?」

「ええ。『どうにかなる』と、かなり気楽なことを言いましたよ」

「……あれ、声に出てた?」

「はい。しっかりと」

「………っ!!」

 恐ろしいぐらいに作られたセフィルの笑顔。「しまった!!」と、思ったときには時既に遅く、その表面の美しさの裏から零れる、黒い何かの迫力に望は言葉を失う。そして、次の瞬間、

「あなたは自分で強引にこの戦いに参加しておいて、どうしてそこまで適当なんですか!?」

と、黒いもの(怒り)は爆発する。そのままにして置けば、恐らく正論と罵詈雑言の混ざった言葉が次々と飛ばされてきそうなので、とりあえず、反論しておく。

「いや、だから、何度も言うけど、この日本で民間人が武器なんて……」

「戦いに参加した時点で、あなたは民間人でも一般人でも無い!! あなたは覚悟も自覚も足りていない!!」

「………っ」

 これは確かにセフィルの言うとおりだろう。実際、武器のことに関して、いや、『戦い』全体に関して一般人、民間人という、言い訳は通用しないのだ。今まで望自身は戦いをただ、紅璃と凪芭を救うための手段としてしか考えていなかった。

 しかし、現状はそれほど甘くもなければ単純でもない。望の目的を達成するには本来ならば殺し合いでしか決着の無い戦いのあり方自体に干渉しなければならない。当然、紅璃も凪芭も、この戦いで望の命を狙ってくる。そして、紅璃と凪芭の2人も互いを殺しあおうとしている。この現状を打開するには生半可なことではどうにもならないだろう。

 仮に2人を戦いから解放し、連れ戻すことが出来たとしても、その後にせまる世界の終焉を止めることが出来なければ、全ては水の泡だ。

 俺は改めて現状に気づかされた。なんだかんだで、結局、俺は『戦い』というものに実感が持てていなかったのだ。知識として現状を知っていたものの、実際は少しも理解していなかったということなんだろう。

「………」

 自分の甘さを突きつけられ、俺はただただ言葉を失う。目の前の少女の怒りはそれこそ当然のものだ。

 俺はその少女の怒りに、いや、想いに真摯に謝罪の言葉を口にした。

「……悪かった。改めて自分の甘さを思い知ったよ」

「……どうやら分かってくれたようですね」

「……では、話を戻しますが、武器はどうします?」

「それなんだよな……」

 望の覚悟は決まったものの、話は進んでいない。このままいけば最終結論は武器無しで『力』だけで戦うという、更なるハンディがつくことになるだろう。そして、そうなれば望の目的達成はより困難なものになる。

それは絶対に避けねばならないことだ。が、望にこれ以上、当てが無いのも事実だ。 

「俺にはもう本気で当てが無いよ……」

「それは分かっています」

 セフィルは渋い顔で答えてくる。

「はあっ、本当にどうしますかね。大体、これだけ広い洋館ならば武器の1つや2つ出てきそうなものですがね。それこそ剣や銃の類が」

「まあ、言いたいことは分かるけどな……」

 確かに夢想家は古い洋館だ。はたから見れば、それこそ遺産をめぐる殺人事件が起きてもおかしくないような洋館だ。前に敬太や凪芭にもそういったことを言われたことがあるし、紅璃にいたっては「なんでこの家の階段の上り口とか、居間には鎧とか剣とか飾ってないの? マナーがなって無いわよ!!」とか、かなり無茶な難癖をつけられたこともあった。

 しかし、現在、この洋館にはそんなものは当然、置いてない。少なくとも現在の主である俺はそんなものを知らない。そう望は……。

「あっ」

 俺はそこまで思い返して、とあることに気づいた。

「どうしました?」

「いや、そういえば俺はこの家のことを全部知っているわけじゃないんだよなって」

「? どういう意味ですか?」

 セフィルはキョトンとした表情でこちらを見ている。まあ、確かに我ながら意味不明な発言だったと思う。俺は軽く頭の中で整理して、セフィルに簡単に説明する。

「俺は親が死んでから、1人ここで暮らしているけど、幾つかの部屋に関しては一回も入ったことがないんだよ」

「なっ……」

 セフィルが驚き声を上げる。確かに我ながらすごい話だと思う。いくらなんでも自分の家のことを把握しきれていないというのは、確かに問題だろう。

 セフィルから「それなら、さっさとその部屋を探しにいきますよ」という叱責が飛ぶかと覚悟したが、次にセフィルが口にした言葉は予想したものとは違っていた。

「望は両親を亡くしていたのですか……」

 歯切れの悪い口調。そして切なそうな表情。セフィルが俺に向けている感情が何にかはすぐに理解できた。

「あ、そうか、セフィルにはまだ言ってなかったっけ?」

「ええ」

 答えるセフィルの声は先ほどまでと比べると、明らかに低い。それは「人の傷口に触れてしまったことへの後悔」というヤツなんだろう。

しかし、当の本人である俺はそのことを気にしてはいない。それどころか、冷たいようだが、両親がいないということが今の俺には当たり前のことなのだ。だから、逆にセフィルに気を使わせてしまったことに申し訳なく思う。

「あ〜、両親が死んだのは10年も前のことだから、俺はもうとっくに気にして無いぞ。だから、そんなに気にしないでくれ」

「……分かりました」

 答えてきたセフィルの声はまだ少し歯切れの悪いものだったが、納得はしてくれたらしい。そして、俺は話を元に戻す。

「それで、武器のことなんだけど……」

「そうでしたね。じゃあ、早速探しましょう」

 ベッドから立ち上がるセフィル。俺も椅子から立ち上がる。そして、2人の『夢想の洋館お宝探検隊』がスタートした。

◆◇◆◇◆

俺とセフィルはある部屋の前にいた。その部屋のドアには金属のプレートに恭介と彫れていた。そうそれは父の名だ。幼い頃は良く入っていたはずの部屋。そして、あの日以来―父が死んだ日以来、一度も入っていない。その理由は俺が父の死を受け入れられなかったからだ。子供の俺はもしかすると、いつかこの部屋から父がひょっこりと帰ってくるんじゃないかと、思っていたんだ。だから、その日まで扉を開けてはいけないと、勝手にそんなルールを作った。

 が、それもすぐに忘れてしまった。いつの頃から、そんなことは忘れ両親の死を受け入れた俺は、ただ単にその部屋のことを忘れてしまっていた。ただでさえ1人で生活するには広い屋敷の上に、俺はちょくちょく白風邸に遊びに行っていたのだから、それも仕方がないことなんだろう。これは隣にある母−美咲の部屋も同じで、やはりこの10年一度も入っていない。そして、10年ぶりに今、俺はこの部屋に入ろうとしている。

 部屋の鍵を持つ右手に汗が浮かぶ。そして俺は自分が妙に緊張していることに気づいた。とはいえ、いつまでもこうして突っ立ってるわけにもいかない。俺は鍵を鍵穴へ挿し、それをゆっくりと廻した。

 ガチャッ。

 鍵の開く音が鳴る。内心10年間、放っていたので壊れてるんじゃないかと、思っていたんだが、大丈夫だったようだ。助かった。これで、鍵が壊れていたら後ろの金髪に『あなたはコントか!!』と、突っ込まれていただろう。

 俺は気持ちを落ち着かせると、ドアノブを廻し、それをゆっくりと押す。

「……じゃあ、入るぞ」

 後ろで待っているセフィルにそう声を掛け、部屋に踏み込んだ。

 モフッ。

「グホッ!?」

「ゴホッ!?」

 望とセフィルは部屋に踏み込んだ瞬間、咳き込んだ。理由は簡単だ。今、二人の周囲を包み込むように舞い上がっているこのホコリだ。10年という歳月で部屋に、主にそのカーペットに積もったホコリは尋常ではなかったらしい。

「ゴホッゴホッ」

「ゴホッゴホッ」

 部屋の戸を閉め、廊下で咳き込む2人。10年という月日の重さを2人は身を持って思い知った。

「すごいホコリ……」

 眼をうるわせながら呟くセフィル。

「……10年ってすごいな」

 答える望の顔は青い。

 2人は壁にもたれかかり、力なく尻餅をつく。

 セフィルは隣で同じように尻餅をついている望へと、声を掛ける。

「……それでどうします?」

「どうって?」

「どうやってこの中に入るのかということです」

「それは……」

 一歩足を踏み入れただけで、あのホコリだ。正直、再度突入というのは気が引ける。が、ここで、諦めるという選択肢を選べばセフィルに何を言われるか解ったものじゃない。

「……私に提案があります」

「……提案?」

 その言葉に嫌な予感を覚える望。そして、それは次のセフィルの発言であっさり当たってしまう。

「あなたが、先に中に入り、部屋の窓を全て開け、数分間空気の入れ替えをした後に、部屋を物色するというステキな案です」

 予想通りのステキな意見。望はそれを笑顔で否決する。

「却下だ」

 しかし、セフィルも引き下がろうとはしない。

「その却下は認められません」

 望は「う〜ん」と、考えるふりをし、やがて、その代案を提案する。

「なら、その先に入る役をセフィルがするってことで手を打とう」

「却下です」

 そのセフィルの否決も早かった。おそらく彼女もその意見は予想していたのだろう。

「………」

「………」

 しばし、2人の無言のにらみ合いが続く。そんな中、やがて望がポツリと呟く。

「……日本にはこんなときに使う伝統的な決定法がある」

「それは『ジャンケン』ですね?」

 以外にもセフィルはそれを知っていた。ならば、望が語ることはこれ以上ない。

「……知っているなら話は早い」

 腕を振り上げる望。

「……行きますよ」

 身構えるセフィル。

 そして、勝負は一瞬でついた。

 望はパー。セフィルはチョキ。

 会話は無かった。望は口元にタオルを巻き、部屋に突入。セフィルは廊下で彼が呼ぶまでゆっくりとお茶を飲みつつ待つのだった。

◆◇◆◇◆

 そこは本当に絵に描いたような書斎だった。部屋の奥に置かれた机、その左右を埋めるように置かれた大きな本棚。そして、ベッドとタンス。本を読むということを中心につくられ、それ以外のことはあくまで最低限。部屋の主がどのような人物だったか、容易に想像できる。

「この洋館の主の部屋に相応しい部屋ですね……」

 それがセフィルの第一声だった。それは望も同意見だ。街の丘の上に静かに佇む洋館。その静かな洋館の主の部屋となれば、やはりこのような落ち着いた雰囲気の書斎だろう。

 そして、ほんの10年前まではその通りだったのだ。穏やかで物静かな主であった父の書斎。それは出来すぎなほど絵になる。

 セフィルは静かに当たりを見回すと、ある程度の目安はつけたのだろう。服の裾をめくり、武器探しという名の物色の準備を始める。そして、望を見下ろし声を掛ける。

「さあ、始めますよ、望」

「……ああ」

 見下ろされた望――床に倒れている望からの返事はそれはか細いものだった。倒れたまま立ち上がろうとしない望。その異様な姿をセフィルは問いかける。

「どうしました?」

「……ホコリ」

「はい?」

「……ホコリのせいで気持ち悪い」

「……ああ〜」

 セフィルは少々罰の悪い表情で曖昧な相槌を返す。望は先程の部屋の突入でダメージを受けたらしい。

「……解りました。しばらく休んでいてください」

 セフィルはそう望に告げると、1人部屋の物色を始めた。とは言うものの、実際、この書斎で物色することが出来そうな場所は2つのタンス件物入れと、窓際に置かれた机ぐらいだ。そう時間がかかるようなことでもない。

 ガサゴソ、ガサゴソ。

 机から物色を始めるセフィル。その『ガサガサ』と物をあせくる耳障りな音だけが、望の耳に響いてくる。当然、休めはしない。

「……こりゃ休めないな」

 望は呟きながらよろよろと立ち上がると、近くのタンス兼物入れを『ガサゴソ』と、『武器』と呼べそうなものを探し始める。

 タンス兼物入れから出てくるのは、それこそ普通の日用品ばかりだ。ペン、ノート、懐中電灯、懐中時計、乾電池etcetc……。

 武器どころか、これといって目を引くようなものすら出てこない。

「やっぱないな……」

 望がタンス兼物入れから、最後に取り出したのは分厚い英語の辞書だった。かんばしくない結果となった物色。「武器があるかも」とは正直思ってなかったが、これだけ面白味もないと、ガッカリくる。

 とりあえず、自分の方は一旦終了し、セフィルの方をちらりと覗いてみる。セフィルはとうに机の物色を終え、部屋のドアから直接繋がっている隣の部屋、母−夢想美咲の部屋へと移動し、物色を始めていた。

 母―美咲の部屋はこちらの部屋のように書斎ではないが、それでもあまり多くの家具があるわけでもなく、これまたあまり物色に時間がかからないような部屋だ。

 ガサゴソガサゴソ。

 セフィルの方も今のところこれといった発見はないらしい。

 彼女の周りに溜まっていく本や小箱の山。その光景に望は嘆息交じりに呟くと、

「やっぱり、家で探すのは無理かな……」

 と、タンスに寄りかかる。と、その一瞬後、

 ゴンッ!!

「がっ!?」

 望の頭部(てっぺん)に鈍痛が生じる。

「!?!?!??!?!?!?!?!?!?!!」

 激しい痛みにゴロゴロと、もがき苦しむ望。

「何を遊んでるんです?」

 望の異変に気づいたからなのか、ただ単に向こうの物色が終わったからなのか、(おそらく後者だろう)セフィルが望の方へと歩いてくる。

「〜〜〜〜っ。お前には遊んでるように見えるのか? これが!?」

 目に涙を溜めての抗議。それに対しセフィルは冷ややかに、

「冗談です」

 と、一言で返した。セフィルの表情からはそれが冗談なのかどうかは、判断がつかない。最もどっちにしてもムカつくことに変わりはない。

 恨めしげな視線を送る望を無視し、セフィルは足元に落ちている黒い箱、望の脳天を直撃した犯人を拾う。

「この木箱がタンスの上から落ちてきたのですね」

「……それか」

 それはかなり大きな、いや、長い木箱だ。幅は10cmぐらいだが、その長さは間違いなく1メートル以上ある。望はセフィルから木箱を受け取る。

「……重いな」

 ずっしりとした重量感。それは見かけよりも重く感じる。不思議な、いや、不信な木箱をしげしげと眺める望。長く重く黒く紐で封された木箱。怪しさ満点のそれだが、お札などは貼ってないようだ。

「開けてみたらどうです?」

「だな、家の主の脳天に、降って来た不届きな物の正体拝んでやる」

 セフィルの最もな意見。望はそれに従い紐を解き、ゆっくりと蓋を開ける。

「これは……」

「この国の剣ですね」

 箱の中に収められていたのは、一振りの刀だった。黒い鞘に収められたそれを望は取り出す。

「こいつは……」

 時代劇でお馴染みの日本刀。だが、それが伝えてくる『重み』は明らかに時代劇という虚像のものではない。

 ゴクッ。

 緊張のあまり喉がなる。望は慎重に鞘から刀を抜く。

「すごいな……」

 それが刀身を見た望の第一声であり、飾りのない感想だった。鞘から解き放たれたその曇り一つない美しい鋼の姿は、刃物に知識のない望すら惹きつける魅力を持っていた。

「ありましたね武器」

セフィルに言われて望は今、自分が手にしているものが武器だということに気づく。

「……え? ああ……」

 確かに求めていた『武器』は父の部屋にあった。しかし、それは逆に不自然でもある。何故、父の部屋にそのようなものがあるのか? それは当然の疑問である。

 望の口からその疑問は自然に流れ出る。

「なんで、親父の部屋にこんな物が……?」

その疑問にセフィルが答えを持っている分けもない。セフィルはそれには答えず、ただ、結果が出たことだけを彼に伝える。

「その理由は解りませんが、これで目的が達成できました」

 確かに目的は達成できた。が、釈然としない。だから、

「……まあな」

 と、答える望の声にそれが出ていた。

「ところで……」

「ん?」

「隣でこれを見つけたんですが……」

 セフィルはそう言いながら、ティッシュ箱より少し小さめの箱を差し出してきた。その箱も木箱だ。

「これは?」

「だから、隣の部屋で見つけた物です」

「開けてないのか?」

「大事そうなものに見えたから、開けてません」

「そうか……」

 両親の部屋の物ということで、彼女なりに気を使ってくれたのだろう。

 望は箱を受け取ると、その蓋を開ける。

「これは……」

 中から出てきたのは1つの写真立てだった。写真立てに収められた写真には1組の家族の集合写真が収められていた。物静かで優しい父。明るく料理好きな母。そして、これから先のことをまだ知らずに、無邪気に笑う子供。それは昔、夢想家が理想的な家族だった頃の写真だ。

「………」

 望に言葉は無い。物静かで優しい父と明るく料理好きな母はこの世に無く、無邪気な子供は10年の歳月の中で変わってしまっている。そこに写る家族は既に存在しないのだ。

「幸せそうな笑顔ですね……」

 写真を見てセフィルが優しい声で呟く。

「ああ。この頃は本当に幸せだったんだろうな……」

「ん? この写真は望と御両親のものではないのですか?」

「そうだけど」

「そのわりには今の答えはまるで他人へのコメントのようでしたけど?」

「そりゃそうさ。もう、この写真に写っている家族は誰1人として、いないんだから」

「? 意味が解りません?」

「両親は10年前に死んでるし、俺ももうこの頃とは違うって事さ」

 俺はそう答えると、刀とその写真立てを持って立ち上がる。

「そろそろ行こう。もう、目的も果たした。これ以上この部屋にいるとアレルギーになっちまう」

「そうですね。シャワーでも浴びましょうか」

 こうして、2人は両親の部屋を後にした。

◆◇◆◇◆

 ゴーン、ゴーン。

 年代物の柱時計が時刻を告げる。時間は現在22時だ。夢想家の居間では望とセフィルがソファーにもたれかかりくつろぐ、というよりは2人とも「ボー」としている。

両親の部屋での物色の後、2人はそれぞれ1階と2階に備え付けられたバスルームで風呂に入り、物色中ホコリまみれになった体を洗い流した。そして、その後、セフィルが用意していたシチューとパンで夕食をとり今に至る。

「……望」

「……ん?」

 つけっぱなしのTV(見てはいない)に顔を向けたまま、セフィルに返事をする。

「1ついいですか?」

「何?」

「もしよければ、望の家族のことを聞かせてくれませんか?」

「別にいいけど、なんで?」

「理由は……何ででしょうね? 自分でもよくわかりません。ただ……」

「ただ?」

「先程の写真が何故か頭に残ってしまって……」

「変わったやつだな……」

 本当に変わっていると思う。いや、違うか、変わっているというよりは意外だったというべきだろう。あの写真が頭に残っているということもだが、それ以前に彼女がそういうことを気にするとは思っていなかった。

 正直、まだ出会って3日だが、彼女にそういうことを聞いてくるようなイメージは無かった。でも、逆に考えれば出会ってまだ3日だ。彼女のことを理解できてなくて当然だ。

 俺がそんなことを考えていると、彼女は「ジー」っとこちらを見つめている。その目は『昔話』が始まるのを待つ子供の目だ。そんな目をされては断れない。俺はセフィルの期待に応えることにした。

「……まあ、暇つぶしに少し話すか」

 俺は断片的に残る家族の記憶を言葉にしていく。

父――夢想恭介。母――夢想美咲。息子である俺――夢想望はあまり2人のことを覚えていない。それでも断片的な記憶を上げていくなら、親父は基本的にもの静かな人で、暇があれば自室、というよりは書斎で本を読んでいることが多かった。仕事は確か何か貿易関係のことをしていたんだったと思う。

親父の生活は不規則で、忙しい時は数日家に帰らないこともあったし、逆に暇なときは2〜3日、仕事に行かないこともあった。そんな不規則な生活の中でも、必ず約束は守る人で月に2〜3回は俺と母さんを遊びに連れて行ってくれていた。

母さんはいつも微笑みを絶やさない優しい人で、料理が好きな人だったんだと思う。よくクッキーやケーキを焼いてくれた。家族で遊びに行くときは必ず母さんが弁当を作っていた。

 親父も母さんも基本的にアウトドア派だったのだろう。家族で遊びに行く場所は基本的に山や海の公園が多かった気がする。子供の頃の俺には多少退屈だったが、それでも家族で出かけるのは楽しみにしていた。

 仲が良く経済的にも恵まれた家庭。それは今、思えばとても理想的な家族像だったのだろうなと思う。

だが、そんな理想的な家庭は十年前の冬に失われてしまった。夢想恭介、美咲は十年前の冬の日にその短い人生を病と言う死神に刈り取られてしまった。

再生不良性貧血

確かそんな名前の難病だったと思う。詳しくは知らないが、名前の通り血の病気で、確か血液の異常で抵抗力が下がったり発熱したりする病気だと、前に醍醐おじさんに聞いた。

 そこから理想の家族像が崩れるのは早かった。

両親の葬式の時だ。葬儀場で俺は大勢の見たこともない大人達を見た。その大勢の大人たちは俺の親戚に当たる奴らだった。

 奴らはそれこそクズだった。葬式の最中は葬式の見本のように悲しいフリをしていた。

酷い奴になると「シスラアイシアウフタリヲワカツコトガデキナカッタ」と、ドラマの台詞のように白々しく言っていた。

そして式が終わると、皆、俺に「ウチノコニナレ」と言い寄ってくるのだ。皆、口説き文句は似たり寄ったりで「ナンデモホシイオモチャカッテアゲル」とか「オジサンガシアワセニシテアゲルヨ」とかそんなものばかりだった。奴らの顔に浮かんでいたのは、『偽りのやさしさからでる不自然で汚い笑み』ばかりだった。

 奴らの狙いが夢想家の遺産だと言うことは、子供の俺にさえ簡単にわかった。それが怖くて、憎くて、悔しくて俺は泣いた。泣き叫んだ。と、この時だった。葬儀場の広間に1人の男が駆け込んできた。そして、俺の周りに群がる大人たちに「その子は私が預かります!!」と、大声で言い放ったのだ。

 突然、やってきて俺を、いや、『遺産』を持っていこうとする見知らぬ男に、大人たちは詰め寄った。けど、すぐに大人たちは諦めた。何故なら男の手には俺の両親の遺書が握られていたからだ。

 遺書には『息子−望と財産は全て、親友である白風醍醐に預ける』と、書かれていたそうだ。俺は親戚の群れから連れ出されその日の内に白風家に連れて行かれた。その時はまだ醍醐おじさんも信用していなかった。この人も親戚達と変わらないと、そう決め付けていた。

 でも、それは違っていた。おじさんは、いや、白風家の人間はあの場にいた親戚達とは天と地の差があった。おじさんは俺を変に気遣うようなこともなければ、突きはなすようなこともしなかった。もちろん最初の内は多少(本当に少しだ)気遣ってもらったこともあったが、すぐにそれはなくなった。そして、それは碧おばさんも同じだったし、白風家の2人の娘である紅璃と凪芭も同じだった。

 俺と白風家の間に『夢想家の息子』という垣根は無かった。俺にはそれが凄く嬉しかった。でも、同時にそれがとても怖かった。

 このまま白風の家で暮らしていけば、俺は全てを忘れて暮らしていけるだろう。でも、それは父と母のことを忘れてしまうことのように思えた。俺はそれだけは嫌だった。だから、そうならない方法を子供ながらに必死に考えた。そして、子供の俺がだした答えが、『1人で夢想の洋館』で生活することだった。

 間違いなく反対されるというのは解っていた。けど、それでも俺はそれをやりたかった。そして、ある日、俺はそれをおじさん、おばさん、紅璃、凪芭の前で話した。おばさんと紅璃と凪芭はそれこそすごい勢いで反対した。けど、おじさんは黙って俺の話を聞いた後、ただこう一言答えた「解った」と。

 そして、俺はその日の内から夢想の洋館に戻って生活を始めた。当時は1人暮らしのつもりだったけど、今にして思えば食事や掃除といった家事はおばさんが毎日しに着てくれたし、紅璃と凪芭も毎日遊びに来てたし、週末はよく泊まりに来てくれた。そして、おじさんもよく家に来てくれて、何かと世話を焼いてくれた。

 結局、子供の俺は1人暮らしをしているつもりで、白風家にお世話になっていたのだ。今になって冷静に考えれば、いくら家が近いといっても結構な手間だったというのがよくわかる。けど、それも時間が流れ、俺が成長するしていくなかで減っていった。

 これは別に白風家と俺が疎遠になったわけではなく、俺が少しずつ自立していったということだ。まあ、そんな俺とは逆におじさんとおばさん(特におじさんは)俺を未だに子供扱いしているけど。

「と、まあ、こんな感じで今に至るってところだな。家族の話ってことだったけど、後半は白風家の話になったな」

 話自体長くなったし、少し方向もずれた気がする。けど、久々に『家族』のことを思い出したというのは心地よかった。そして、何より話を聞いてくれていたセフィルの穏やかな表情。それを見れただけで話して良かったと思う。

 セフィルは優しい声で俺にその穏やかな『想い』を告げてくれた。

「望は良い人達の背中を見て、そして、その人達に救われ、支えられてきたのですね」

「……ああ。本当にそう思う」

 俺は安らかな心でそう素直に答えた。


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