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 序章 日常 普遍

 朝日が街に昇り、朝が訪れる。そしてそれは当然、この街の外れの洋館、その2階の部屋にも例外なく訪れる。

 ジリリリリリリリリリリリリリリリッ!!

「……朝か」

 少年はゆっくりと眼を覚ます。彼の名は夢想(むそう)(のぞむ)。この洋館の主である。歳は17でその顔には僅かに少年の面影を残している。この年頃の少年には珍しく、髪は黒く、その髪型も短く切りそろえているだけで特徴はない。その体型にも特徴と呼べるものは無い。まあ、無理に上げれば身長が175pと高めなぐらいだ。最も彼のクラスメイトは皆そこそこ身長が高いのでそこに紛れればやはり、目立つものではない。

 彼は目覚ましを止めると、眠い目をこすって、ベッドから起きあがる。それはいつも通りの朝だ。だからいつもどおり、顔を洗い、制服に着替えて、自室から居間へと、2階から1階へと降りる。と、ここまではいつも通りだ。そして、

「よ、おはよ〜」

「おはようございます」

 1階に降りた彼を待っていたのはよく知った非日常だった。まず、この挨拶がそれだった。彼が1人で暮らし始めて今年で10年。その生活の中でこういった挨拶を交わす機会はそう多くは無かった。ましてこんな不意打ちのような挨拶はあり得なかった。だから、

「……おはよう」

 と、返すのにこの様なタイムラグが起きる。彼は取り合えず、挨拶をしてきた2人の少女とテーブルを観察する。

 まず、テーブルだ。なぜかそこにはこの洋館には似合わない和の朝食が並べられている。美観が損なわれる、というのはどうでも良いが、俺は和食が苦手だ。だからこれは問題だ。

 次は2人の少女。この2人は知っている。俗に言う幼なじみという奴だ。そこまでは理解できる。だからここまでは良い。問題は、

「2人とも朝っぱらから何してるんだ?」

 俺が頭を掻きながら、テーブルに近づくと、片方のお下げ髪の少女がまるで当然の様にくつろぎながら答えてくる。

「メシ食ってる。見て分かれ、凡人」

「……お前、それが朝っぱらからでメシ食ってる奴が言うセリフか」

 朝っぱらから精神に攻撃を受ける俺。そんな俺を救うために、そして非常識な姉を止めるためにセミロングの方の少女が会話に入ってくる。

「姉さん! ちゃんと説明しなきゃ駄目じゃない」

 妹の常識的な意見。しかし、当の姉はそれを軽く聞き流しみそ汁をすすっている。そして、お椀から口を離すと悪びれもせず妹に答える。

「したよ。解りやすく簡単に」

 しかし、それは当然、通じるはずもなく。

「姉さん!!」

 と、妹は声を上げる。そんな妹に姉は「はいはい」と、仕方なさげに答えると、茶碗を置き嘆息混じりに言う。

「はあ、もうあんたらは冗談通じないわね〜。解ったわよ」

 彼女は「やれやれ」と、言いながらこちらに視線を向けると、

「とりあえず、あんたも立ってないで座りなさいよ」

 と、まるでこの館の主人の様に本来主人――俺に言ってくる。これが見ず知らずの他人ならば『カチン』と来るところだ。が、こいつにはそんな気にもならない。許せる許せないは通り越し慣れてしまった。こいつ――紅璃(あかり)とは幼い頃からの付き合いだ。さすがに慣れている。

 白風(しらかぜ)紅璃(あかり)。彼女は俺の幼なじみの1人で、どんな奴かを一言で言ってしまえば『性悪根性曲がり美少女』ってところだ。性悪口悪根性曲がりの部分は今のやりとりで解るだろう。むしろ問題は美少女ってところにある。

 外見は悔しいが美人だ。髪は綺麗に染められた茶髪で、それにウエーブをかけている。顔は全体的に綺麗に整っていて、ほとんど隙がない。まあ、強引に1カ所上げれば眼がややつり目なのだが、これも結局はただそれだけの事実に過ぎず、彼女の美貌を崩してはいない。また、そのボディーラインも制服の上から解るほどのもので、高校2年生とは思えない程スゴイ。身長も170pを超えている。外見だけ完璧美少女

 だから質が悪い。この外見に騙され、夢を見た男は数知れない。そして、そんな男達の末路は夢裏切られ、散っていく。正直、哀れだ。

 俺はそんな彼女の言葉に従い、いつも自分が座っている席に着く。そして、そんな俺の前に、

「冷めないうちにどうぞ」

 と、もう1人の少女――凪芭(なぎは)がご飯とみそ汁をよそってくれる。

 彼女の名は白風(しらかぜ)凪芭(なぎは)。彼女は俺のもう1人の幼なじみだ。その名からも解るように紅璃とは姉妹で、今のやりとりの通り、『優しくおとなしい美少女』だ。誰にでも分け隔て無く、優しく、曲がったことはせず、そしてさせない。そして礼儀正しい。

 外見も彼女の性格を反映している。黒く美しい髪。烏の濡れ羽色というのはまさにこれの事だろう。彼女はそれを綺麗に切りそろえ、左右に編み込みを作り、後ろは肩口の所で切りそろえている。俗に言うセミロングというやつだ。顔はさすが双子といったところで、紅璃同様綺麗に隙なく整っている。違うところはその目もとで、根性曲がった紅璃とは違い、穏やかな彼女らしく優しい眼差しだ。ボディーラインは制服の上からは解らないが、紅璃曰く『私には劣るけど、結構凄いわよ』とのこと。背は165pとやや姉より控えめだが、十分に高い部類に入るだろう。俺の個人的な意見では彼女のような存在が絶滅寸前の『大和撫子』という国宝なのだと思う。

 俺はみそ汁を手に取ると、それを「ずずっ」とすする。

「うまい」

 それが素直な感想だった。正直、みそ汁が苦手な俺がうまいと思えることは少ない。さすが凪芭だと素直に感心する。が、すぐに話がずれていることに気づき、みそ汁を置く。

そんな俺の動作に当の凪芭は、

「みそ汁に何かありましたか?」

 と、不安げに天然な答えを返してくる。そんな彼女に俺は、「いや、みそ汁はうまいよ」と返した後、話を本題に戻す。

「だから、なんで2人が家にいるのかって、話だよ」

 凪芭は「ああ」と短く声を上げる。どうやら思い出したらしい。その傍らですでに朝食を済ませた紅璃が、めんどうくさそうに言ってくる。

「家の馬鹿親父があんたの様子を見て来いってうるさいのよ。親父が言うにはあんたは面倒くさがり屋だから、朝食もパンだけですませてるからって」

「なるほど、醍醐(だいご)おじさんの差し金か……」

 俺は呟きながら紅璃のその言葉に納得する。確かにあの人ならそう言うだろう。実際、昨日、会った時に朝はパンで済ませてると言った記憶がある。最もこれは俺がご飯よりパンが好きだという意味だったんだが。

 白風(しらかぜ)醍醐(だいご)――この姉妹の父親の名がそれだ。10年前、俺が両親を亡くした時から俺の面倒を見てくれている人で、とにかく俺をかわいがってくれている。ただ、基本的に豪快で細かいところは気にし無いどころか、無視する人だ。だから、娘達を使ってよくこういったことをしてくる。ちなみに白風姉妹の母親の名は白風碧(しらかぜみどり)。通称、碧おばさん。豪快な醍醐おじさんとは対照的にとてもおおらかで優しい人だ。多分、凪芭は母親似なんだろう。

「大体解った。つまり、今日はわざわざ朝飯を作りに来てくれたってことか」

 俺はそう結論づける。そんな俺の結論に紅璃が補足を入れる。

「それと、あんたの様子を見にね。たまには家に顔出しなさいよね。親父はあんたの顔見たくて仕方ないみたいよ」

「……そうだな」

 言われて耳が痛い。確かに考えてみればもう長いこと、白風家には顔を出していない。今度の休みにでも行くべきだろう。

 状況が飲み込めた。そしてこの話は終わる。と、そこで凪芭の『ジー』とこちらを見つめる視線に気付き、同時にその意味にも気付く。『冷めないうちに食べて欲しい』それが彼女の意志だ。それに俺は僅かに笑いながら、動作で答える。

「いただきます」

 朝食を再開する俺。凪芭はそれに満足したのだろう。その顔には彼女らしい微笑みが浮かんだ。

 これが俺が最後に体験した日常だった。


第一章第一節