第9幕 絶望

 暗い。何も見えない。今、彼が感じることが出来るのは闇だけだった。

(……どうしたんだ。俺は?)

 何故、こんな所にいるのか、そもそもここはどこなのか。何1つ分からなかった。しかし、その疑問もすぐに消えた。別に答えが出たわけじゃない。ただその疑問が頭から消えたのだ。

(………)

 彼の中から言葉が消え、やがて意識も薄れていく。

(………)

 朦朧とする意識。しかし、眠ることは出来なかった。

(………)

 あとほんの一押し、何かが加われば、眠りにつくことは出来る。しかし、その一押しは訪れない。

(………)

 彼は無意識にその心境を表現する言葉を探す。しばらくして、その言葉はゆっくりと心に浮かぶ。

(……苦しい)

 苦しい。ただそれだけの言葉だが、それだけで十分だった。

(……眠れる)

 1つの言葉を思い出したことで、彼は眠れると思った。が、逆だった。その言葉を思い出してから、彼の意識は本人の意思とは逆の方向に進みだした。

(何だ。これは?)

 徐々に覚醒していく意識に戸惑う彼。だが、目は光を、耳は音を、肌は空気を、それぞれ感じ取りはじめた。

(……ああ、そうか俺は……)

 彼、大神一郎は目蓋を開ける。

「くっ……」

 目を覚ました大神が最初に感じたのは、額に走る痛みだった。次に目に映るのは目の前の計器に走るスパーク。耳はその「バチッ!」という音を拾い、鼻はそれから生じる焦げ臭い臭いを嗅ぎ取っていた。

 これらが大神に現状を思い出させた。思い出せば、何のことはない。大神は、巴里華撃団はマルドゥークに破れたのだ。しかも、一撃で。

 それはあっという間だった。周囲を飲み込むほどの圧倒的なブレスの霊気。長引けばその分不利になる。大神はそう考えた。よって一気に決定打を与えるべく、大神はマルドゥークに対し、6機の光武による包囲攻撃を行った。

 周囲を取り囲み、逃げ場を封じ、敵機を殲滅しようとしたのだ。向こうは巨体だ。機敏には動けないと、大神は判断したのだ。

 実際、包囲は簡単だった。そして、その後の攻撃も。

 6機のそれぞれ必殺技による一斉攻撃。それで終わりのはずだった。が、実際に終わったのは自分達だった。

 6機の一斉攻撃によって生じる爆煙。皆の心に「終わった」と、浮かんだその時だった。爆煙を切り裂く、大剣が光武を襲った。

 それは一撃だった。ただの一振り。爆煙を中心に円に振られた大剣。その一振りで6機の光武は倒されたのだ。

 思い出した大神はすぐに行動に移った。周囲を包む凍るような霊気。まだ、マルドゥークは目の前にいるはずである。

 それを確認するために、リペアキットで速急にコックピットを修理する。幸い光武内部の損傷は軽微で、すぐにモニターに光は戻り、光武は再起動する。

「………!!」

 モニター越しに大神の目に飛び込んできた光景は、大神を絶句させるのに十分なものだった。

 大破し、煙を上げる5機の光武F2。その中心に立ちつくすマルドゥーク。それはまるで悪夢だった。

 マルドゥークのその顔は、すでに大神機に向けられていた。

「ようやくお目覚めかね?」

 ブレスの冷たく、淡々とした声。それが先程の悪夢のような、戦いが現実だったことを実感させる。

「……何故、まだここにいる?」

 正直、問いたくはなかった。返されてくる答えは決して、望ましいものではないと分かっているからだ。しかし、聞かざるを得ない。

「君は質問が多いな……まあいい。答えよう。簡単なことだ。君が起きるのを待っていた。ただ、それだけだ」

「俺が?」

 理由が分からなかった。そしてそれは自然と言葉になる。ブレスもその反応が分かっていたのか、言葉を用意していたように答える。

「そうだ。君は先の一撃を食らう瞬間、その剣で私の一撃を止めようとした。そのため、君1人だけは何とか立ち上がってくる。そう思ったのでね」

「何故、そんなことを? 倒れている内に止めをさせば……」

 大神のもっともな疑問。だが、それが言い終わる前に、ブレスが遮る。

「勘違いして貰っては困る。私の目的は君たちを倒すことではない。あくまでマルドゥークのテストだ」

「貴様……!!」

 怒声を上げる大神。それとは対照的にブレスは冷静に続ける。

「しかし、残念ではある。現状で最強と謳われる賢人機関の部隊がこの程度では、テストにならん」

「ふざけるな!!」

 街を破壊し、仲間を傷つけられ、さらに見下され、大神の怒りは膨らんでいく。しかし、それすらもブレスには届かない。

「ふざけてはいない。私は真剣だ。だから君が起きるのを待っていたのだ。君たちが如何に弱かろうと、現状では君たち以上の力を持った部隊はない。つまり、テストの相手になりえるのは君たちだけだ」

「そういうことか……」

 全てが理解できた。つまり、このブレスという男は、マルドゥークのテストさえ出来ればそれでいいのだ。そのためにどれほど、街が壊れ、血が流れようとも。

「理解したようだな……」

 大神が自分の意図を理解したことに満足げに頷くと、すぐにブレスは続ける。

「では、ここで君に選ばせよう」

「何をだ?」

「戦いを続けるか、止めるかをだ」

「ここで退けと言えば退くのか!?」

 突然、出された2つの選択肢。そのふざけた内容に、またも大神は怒声で答える。当のブレスも冷静に応じる。

「そう言っているのだ」

「……どういうことだ?」

  ブレスの意図が理解できない。しかし、それでもその言葉に大神は期待を覚える。

「ここで止めるというなら、私は退く。巴里にももう手を出さない。ただしマルドゥークを見た君らには死んで貰う。一応機密なのでね」

「………」

 巴里を守りたければ死ね。つまり、そう言うことだ。それは決して応じてはならない申し出だ。これまでの戦いで、大神が幾度と無く、学び、確認してきたことだ。「ふざけるな」と、大神が叫ぶ前に、ブレスは先を続けた。

「その後、次は日本の帝都でテストを行わせて貰う」

「!? 帝都だと!?」

 声を上げる大神。ブレスはこの後、帝都でも同じ事を繰り返すと、言っているのだ。

「そうだ。君の国だ。あそこにも華撃団はある」

「そんなこと……」

 赦されない。それは絶対だった。これ以上、続きを聞く必要はなかった。続けられる言葉は予想できたし、何より答えは決まっていた。しかし、あえて、続けさせた。僅かでも休む時間を稼ぐために。

「次に戦いを続けるなら、それもいい。君が勝てる可能性は低いが、もし勝てれば、君も隊員も助かる。加えて、私も巴里にも帝都にも手を出さないと約束する」

「………」

 苦しんで死ぬか、苦しまずに死ぬか。ブレスの出してきた選択肢はつまりはそう言うことだ。

「さて、どうするかね?」

 彼の光武に霊力がみなぎっていく。ブレスのふざけた2択に付き合う気はない。大神の霊気がそう答えていた。

「やってやる。お前を倒してやる!!」

 爆発する霊力。それが白銀の希望を絶望へと、突進させる。

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