第10幕 希望
ガキン!!
「……う〜ん」
金属同士がぶつかり合う音。その耳障りな音に、エリカは顔を歪める。
ゴン!! ガン!! ギン!!
続けざまに耳に流れてくる音。それが彼女の表情を歪ませ、
ズガンッ!!
「うるさ〜い!!」
と、最後にはそのその意識を無理矢理、現実へと引きずり出す。
「あれ? 私は?」
狭く、暗い光武の中で、彼女はキョロキョロと、周囲を見回す。当然、その目に映るのは計器、レバー、スイッチといったものばかりだ。
「?」
事態を把握出来ず、キョトンとするエリカ。だが、音がそれを思い出させる。
ガキン!!
金属音。外から流れてきたそれは、光武とマルドゥークの戦闘によって生じる音だ。
「みんなが戦ってる!?」
事態を把握したエリカはすぐに光武を再起動させようとする。が、光武はウンともスンとも言わない。
「そんな……!!」
エリカの顔が蒼白になる。動かない光武。それだけで様々な恐怖が彼女の中に芽生える。光武を一撃で戦闘不能にしたマルドゥーク。そして、その恐ろしい敵と戦っている仲間の安否。そんな危機的状況で動けず、足手まといになっているという事実。そのどれもが恐ろしかった。
「い、嫌だ!?」
一気に溢れる感情にパニックになる。
混乱した彼女はデタラメにコンパネを叩く。
ドンッ!!
その衝撃に反応し、モニターに光りが走る。そして、
キュオン。
と、音を立て、モニターが外の景色を映しだし、集音マイクが外の音を拾い出す。
「動く!?」
モニターに光が戻ったことで、エリカも僅かに冷静さを取り戻す。が、すぐにそれは失われる。
「そんな……」
モニター越しに広がる光景は悪夢としか言いようのないものだった。
まず映し出されたのが、周りに転がる仲間達の光武だった。グリシーヌ、コクリコ、ロベリア、花火。皆が倒れていた。そのどれもが一目で分かるほど、大破している。
「………っ!!」
自分の顔から、血の気が引くのをはっきりとエリカは感じた。しかし、その光景の中に1つ気づく。
(大神さんがいない……)
そう彼の機体だけが、その場に映し出されていないのだ。
(どこに?)
エリカの意志に従い、光武のカメラは大神を捕らえ、モニターがそれを映し出す。それは絶句せざるえない光景だった。
「………っ!!」
機体のあちらこちらから火花を上げ、単機でマルドゥークと戦う大神機。それはあまりにも絶望的なものだった。
そもそも、2機のそれは戦いと呼べるものかも怪しかった。マルドゥークの一方的な猛攻。それに対し、大神機はそれらを回避するので精一杯で、反撃なんてもっての他と言った状態だ。
しかも、大神機がいつ止まるか分からないのに対し、マルドゥークは無傷だ。少なくとも、目に見えるような損傷はない。
圧倒的な不利。それが今、目の前で繰り広げられている絶望という舞台だ。
「大神さん!!」
エリカはすぐに大神の援護へ向かおうと、光武を動かす。が、
「なっ、なんで?」
光武はピクリとも反応しない。それこそマニュピレーターの1本すら動かなかった。
それならせめて、他の誰かに助けを、と考えたが、通信機器も反応しない。さらに加えて、ハッチも開かない。
つまり、今、動くのはモニターと集音マイクの2つだけだ。加えて外にも出られない。しかも、モニターとマイクもいつ途切れるか分からないほど不安定だ。
「そんな……」
どこまでも広がり、深まる絶望。そんな中、エリカに出来るのはことの成り行きを見守ることだけだった。
◆◇◆◇◆
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
大神の咆哮に応え、光武はマルドゥークへと突進する。
ゴンッ!!
その渾身の体当たりに、マルドゥークの巨体が僅かにバランスを崩す。
グラッ。
よろめくマルドゥーク。その待ち望んだチャンスに大神は渾身の一撃を放つ。
「狼虎滅却・天地神明!!」
2本の太刀から繰り出された一撃が、マルドゥークを襲い、
ボォォォォォォォォォォォン!!
激しい爆発を起こす。その瞬間に大神機は素早く後退した。一撃離脱というやつだ。
「やったか!?」
巻き起こる爆煙に、思わず歓喜の声を上げる大神。起死回生の一撃。まさしくそれが決まったのだから無理もない。が、その歓喜もすぐに絶望へと変わった。
ゆっくりと晴れていく爆煙。その中心にたたずむマルドゥーク。その姿に特にダメージを確認することは出来ない。
「……バケモノめ」
呻く大神。それはただの独り言だったが、ブレスはそれを聞き逃さなかった。
「バケモノか……優れた力をバケモノというのは人間の悪い所だ」
「………」
大神は答えなかった。先の一撃で霊力の大半を使い果たした彼にその余裕はない。光武もそのため片膝を地につけている。それを分かっているのか、ブレスは1人続ける。
「これでもこのマルドゥークの名は、バビロニア神話の主神からとっているのだがな……」
「……何が神だ……!!」
苦しげな声でそれを否定する大神。ブレスはそれをあざ笑う。
「少なくとも、この力は神の名を授かる相応しいと思うがね? まあ、認めたくないのなら、これを止めてみたまえ。負け犬の遠吠えは見苦しい」
「………っ!!」
途切れそうな意識を、歯を食いしばりつなぎ止め、残された僅かな霊力で大神は立ち上がる。
神の名を持つ機体を止め、大切な人達を守るために。
立ち上がる大神の光武。その姿にブレスは驚嘆の声を上げる。
「おおっ……立ったか。そうか立てたか……素晴らしい。それでこそ巴里華撃団だ」
立ち上がった大神機に、ブレスはその大剣を向ける。
「ふふ。たいした精神力だな。だが、そろそろ幕としよう」
「……何?」
マルドゥークは光武へと向けた大剣を、大きく振り上げる。それは不自然な光景だ。如何にマルドゥークの剣が長いと言っても、その場から光武へは届かない。しかし、大神はそれに反応する。
「!!」
背に走る悪寒。それは本能が訴える原始的なサインだ。
大剣が振り下ろされる。大神はその届かないはずの剣を、左へ大きく避ける。
カッ!!
光が走った。少なくとも大神の目には、自分のいた所を光が通り過ぎたようにしか見えなかった。
「………?」
大神は光武のカメラを右へと、先程自分が立っていた地点へと向ける。
「!! これは!?」
カメラが映しだした映像に大神は目を疑う。マルドゥークから、彼が先程まで立っていた地点。およそ、その距離10メートルが、綺麗に切れていた。
「………」
大神はそれを思わず凝視してしまう。
「よく避けた……たいしたものだ」
ブレスの声で大神は我に返る。
「これは……」
「マルドゥークの切り札だよ」
ブレスは短く答えると、再び剣を振り上げる。
(来る!!)
大神は反射的に回避しようとする。が、この瞬間、彼は自分が重大なミスをしていたことに気づく。
(しまった!!)
彼の後ろ約3メートルの所に、赤い光武が、エリカ機が倒れていたのだ。
「くっ!!」
大神はとっさに足を踏み止めると、残っていた僅かな霊力を全て、防御へと回す。
光武を包む防御フィールド。そして、目の前に広がる光。
彼が記憶できたのはそこまでだった。
◆◇◆◇◆
「………」
ほんの一瞬の出来事。だが、その全てが、彼女、エリカ・フォンティーヌにはスローに見えた。
迫り来る光の奔流。その中に飲み込まれる光武。そして、光の跡に大破し、倒れる光武。言葉で現せば、ただそれだけの一瞬の出来事。
だが、それを理解するのに酷く時間がかかった気がした。
カメラが映し出す大神機、それは酷いものだ。全身にひびが入り、左腕は飛び、右足もない。両肩のバーニアはくっついてはいるが、もはやそれで飛ぶことは不可能だろう。だが、それよりも一番の問題はパイロットーー大神だ。
これほどのダメージだ。中の大神は良くて重傷、最悪、死……
「……そんな……」
エリカは自分の中から沸き上がってくる、最悪の結果を頭から振り払おうとする。が、それは無駄、いや、無理だった。
一度、浮かんだ不安は消えるどこか、どんどん膨らんでいく。
現実という悪夢の中で、自分を見失いそうになるエリカ。しかし、それを『音』が止めた。
ガチャ……。
小さな機械音。モニターの前から聞こえてきた音。エリカはそれに反応し、その瞳をモニターに向ける。
「………」
彼女の目に飛び込んだ現実。それはある意味、簡単な答えだった。鳴った音は機械音。ならば、動いたのは機械。そして、この場で動く機械は……
「……大神さん?」
そう白い光武だった。左手を失い、右足もない。満身創痍の光武。大神の光武だ。
刀を杖にし、ヨロヨロと立ち上がろうとする光武。それを見下ろすブレスには彼が何故、立ち上がろうとするのか理解できなかった。「……何故、立ち上がる?」
「………」
大神からの返事はない。言葉を返すどころか、今の彼には声すら聞こえてないのかもしれない。だが、答えは返ってきた。
「それが君の答えか……」
マルドゥークに対し、向けられた太刀。答えはそれだけで十分だった。聞き返す必要もない。彼、大神一郎は巴里、帝都、そして大切な人々を守りたいのだ。そのためには自分を省みようともしない。
(それは理解できる……)
大神一郎の意志は理解できた。が、その理由は予測も出来なかった。彼が何故、巴里と帝都を、そして人々をそこまで大事に思うのか。それが疑問だった。そして、これを疑問に思った時点で、自分には理解出来ないのだろうとそう1人納得した。
ブレスがそう結論を出した時、エリカも1つの答えを出していた。
(あれが大神さんなんだ……)
彼が戦うのは、ただ純粋に人々を守りたいからだ。都市に生きる人々が、そこにある生活が好きなのだ。彼は人間だ。だから世界の全てを背負うことは出来ない。いや、そもそも1人の人間が背負おうとする必要もない。それでも、彼は人間だからこそ、背負えるだけのものを背負おうとするのだ。
(そうだ。あの人はいつもそうしてきたんだ……)
彼女が見てきた大神一郎は、いつも背負った全てを守ってきた。それが彼の幸せだから。
(そして、そんな大神さんだから、好きになったんだ)
エリカの瞳から迷いと恐怖が消える。そして、
(守ってみせる!!)
入れ替わるように強い意志の光が宿る。