第7章 黒い人型蒸気
巴里市街、エッフェル塔。闇の色をした人型蒸気はその塔を中心とするように、破壊活動を行っている。幸い深夜ということもあって、その周辺に人影はない。また、これに加えて、人型蒸気達も一番重要なエッフェル塔には一切攻撃を仕掛けず、ただその周辺のモニュメントや、道路をただただ破壊していた。 つまり、被害は小さい。しかし、それでも被害は着実に大きくなっている。そのままほおって置くことは出来ない。
その様、エッフェル塔から冷たく見下ろす人影がある。もちろん逃げ遅れた一般市民ではない。蒼いローブを纏った長身痩躯の男、2週間ほど前にこのエッフェル塔から巴里を眺め神爵と呼ばれていた男だ。
人型蒸気が破壊活動行う様を眺めながら、神爵は呟く。
「来たか……」
闇夜のエッフェル塔に飛び出す6つの光、光武。今、舞台に役者が揃った。彼、神爵が待ち望んだ舞台の幕が上がる。
◆◇◆◇◆
飛び出し、地面へと着地した6機の光武はそれぞれの武器を構え、黒い人型蒸気へと向き合う。
『巴里華撃団、参上!!』
突如現れた光武に人型蒸気達は動きを止め、その目を、いやカメラを6機の光武へと向ける。人型蒸気達はすぐに彼らを敵と見なし、それぞれ武器を構える。
純白のF2、大神がそれぞれに指示をだす。
「俺とグリシーヌとロベリアで敵に攻撃を仕掛ける。エリカ君と花火君は距離をとって援護を頼む。コクリコは状況を見て、行動してくれ」
『了解!!』
大神の指示を受けて、それぞれが行動に移る。
ここで現状を説明しておくと、今回の敵である黒い人型蒸気は全部で6機である。それまで、各機で破壊活動を行っていた敵機だったが、巴里華撃団との戦闘に入ると同時に、6機全機が集まり陣形をとる。それに対し巴里華撃団は接近戦が得意な大神、グリシーヌ、ロベリアの3機で近接戦闘を挑み、射撃戦闘用のエリカ、花火がその援護に、機動力のあるコクリコが自由に行動するという作戦にでたのである。
今回の敵がこれまでの蒸気獣(ポーン等)ならば、このような作戦をとらずとも、各機撃破でよい。
しかし、今回の黒い人型蒸気はこれまでのデータに無いため、その戦闘力は今だ未知数だ。そのため、大神は隊員のそれぞれの機体性能にあった作戦で慎重に戦うことを選んだのだ。
『いきます!!』
エリカと花火の声がはもる。それと同時に彼女たちは行動を開始する。
エリカ機と花火機がそれぞれの武器であるバルカン砲と、弓矢で敵機の足を止める中、3機の光武が敵の群れへと飛び込む。
「でやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
グリシーヌが吠えると同時に、彼女の青い機体は宙を跳び、その勢いのまま巨大なハルバートを敵機へと振り下ろす。が、
ガキンッ!!
「何!?」
敵機はその一撃を腕で受け止め、そのままグリシーヌのF2をはじき飛ばす。
ガンッ!!
「ぐうぅぅぅぅぅぅぅうぅっ!!」
「大丈夫!? グリシーヌ!?」
吹き飛ぶグリシーヌ機をコクリコ機が受け止める。
「大丈夫だ」
幸いダメージは小さいらしい。
グリシーヌをはじき飛ばした敵機に、間髪入れず、ロベリアが仕掛ける。
「くらいな!!」
ロベリア機の武器である巨大な爪が、敵機を捕らえ、そのまま敵機を切り裂こうとするが、
ガキッ!!
その爪は敵機の硬い装甲に動きを止める。「ちっ」
ロベリアは瞬時その場から、後方へと跳ぶ。後退するロベリアと入れ替わり、大神が2本の太刀で、敵機に斬りつける。しかし、これは目標に届く前に、他の敵機に妨害され、大神機の動きはその一瞬止まる。そこに敵機が大剣を振りかざし、攻撃をしかけてくる。
「くっ」
しかし、その剣が振り下ろされる前に、コクリコ機が敵機の中心へと飛び込み、コクリコ機の武器の1つであるホーンから、霊気を照射して、その動きを封じる。
そのスキに大神機とコクリコ機は後方へと退避する。その間もエリカ機と花火機が射撃によって敵機の動きを押さえる。
「どうする隊長?」
「あいつら、硬いよ」
先程の戦いで、作戦が通じないことを知り、グリシーヌとロベリアが聞いてくる。
大神は敵の動きに目をやる。敵機はパワーもあれば装甲も厚い。加えて、まとまって行動することで、よりその性能を高めている。
(ならば、そこを突く!!)
大神は全機に回線を開く。
「よし、みんな聞いてくれ。まずエリカ君と花火君が射撃で敵の動きを止めてくれ。その間に俺とグリシーヌ、ロベリアで再度、攻撃を仕掛ける」
「ボクは?」
聞いてくるコクリコに大神は答え、続ける。
「コクリコはまたフリーで頼む。ただし俺達が攻撃を仕掛ける直前に『マルシェ・シャーン』を敵機の群れに撃ってくれ。花火君はそれに合わせて『雪月風花』を頼む。エリカ君はそのまま射撃を続けてくれ」
「分かったよ!!」
「分かりました!!」
「了解……」
答えるコクリコ、花火、エリカ。前の2人に比べてエリカの声に覇気がないのが気になるが、
(今は戦闘中だ……)
と、大神は戦いに意識を集中させる。
「敵機が動きを止めている間にグリシーヌとロベリアが同時に『ゲール・サント』と『カルド・ブリジーオ』を仕掛けてくれ」
「了解した!!」
「まかせな!!」
勢いよく答えるグリシーヌとロベリア。普段は仲の悪い2人だが、こういう時の呼吸はピッタリだ。
最後に大神は自分の行動を、皆へと伝える。
「そして、最後に俺が『古今無双』で止めをさす!!」
そう大神が言い終わると、同時に回線が切れ、各機はそれぞれ行動に移る。
この作戦は言ってしまえば、先程のものとさほど変わりはない。それぞれが攻撃を必殺技に変えたぐらいだ。
しかし、作戦としては正しい。敵機は強力なパワーと強固な装甲を持ち、それぞれがサポートすることによって、その戦力を高めている。
パワーと装甲はどうにもならない。しかし、敵機の陣形にはつけ込むことが出来る。固まって行動する敵機の中に、広範囲の必殺技を打ち込むのだ。通常の攻撃は通じなくとも、強力な必殺技ならばダメージを与えられる。その上、必殺技は広範囲なため、敵全体にダメージを与えることが出来る。大神はそう判断した。
パタタタタタタタタッ!!
ヒュ、ヒュ、ヒュ、ヒュ!!
エリカ機と花火機の射撃により、敵機はその動きを鈍らせる。その内にグリシーヌ、ロベリア、大神は敵機との距離を詰める。グリシーヌ機とロベリア機が前衛、大神機は後衛だ。これは攻撃の順番を考えての陣形だ。
大神は距離を詰めながらも、前方の敵機及び、周辺に気を張り巡らせる。特に異常はない。
(ここまでは同じだ)
そうここまでは先程と同じだ。特に変わった様子はない。つまり、予定通りだ。
敵機と大神達の距離がいよいよというところまで迫った瞬間、敵機の上に、つまり宙にコクリコ機が現れる。そして、
「マルシェ・シャーン!!」
コクリコの声と同時に、コクリコ機のステッキが光を放つ。
「!?」
敵機がそれに気づいた時にはすでに遅く、コクリコ機のステッキから放たれた光は、巨大な小猫の型を成し、敵機全体にその牙と爪を振りかざしていた。
敵機が小猫に襲われ、完全に無防備になった瞬間、花火機も行動に移る。
「雪月風花!!」
ヒュン。
放たれた矢は静かに、速やかに敵機の群れへと飛ぶ。
そして、目標へと辿り着いた矢に込められた霊力は、小猫型の霊力と共鳴し、
キュィィィィィィィィィィィィィン!!
と、共鳴音を立て、
バチバチバチバチバチバチバチバチッ!!
霊力によるスパーク現象を起こす。
敵機の装甲に少しずつ亀裂が走る。さらにそこにブルーとグリーンの光武がそれぞれの武器、ハルバートと爪を振り下ろす。
「ゲール・サント!!」
「カルド・ブリジーオ!!」
グリシーヌ、ロベリア両名の声が響き、ハルバートからは津波が、爪からは炎がほとばしる。
「………!!」
水と炎。2つの力が敵機の装甲にさらなる亀裂を走らせる。
敵機の全身に亀裂が走り、さらに所々から火花が出ている。しかし、それでも体勢を立て直そうと構える。が、その時、グリシーヌ機、ロベリア機は既に離脱している。そして大神機はブースタで上空へと飛んでいた。 「………」
敵機は上空の大神機へと、構えるが時既に遅しだ。大神機の両手の太刀には霊力が最大まで込められている。
「終わりだ!! 狼虎滅却・古今無双!!」 大神機はフルスピードで敵機の群れへと下降し、その勢いのまま両手の太刀を叩きつける。
チュドォォォォォォォォォォォォォン!!
叩きつけられた霊力が敵全機を巻き込み、大爆発を起こす。
シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ。
やがて爆煙が晴れると、そこに敵機の姿はなく、純白の機体のみが、静かにたたずんでいた。
大神機はカメラを回し、周囲を確認する。周辺に敵機の姿はない。先の一撃により敵全機を撃破したのだ。
「……終わったな」
大神機はその両手の太刀を鞘へと戻す。そこに他の5機が近づいてくる。
「やったね、イチロー」
「ああ。手強かったけど、どうにかなったな」
モニターに映ったコクリコに笑顔で答える。
「ふむ。被害も最小限といったところだな」
それはグリシーヌの言うとおりだった。実際、花組が辿り着いた後は周辺へ被害が広がることもなかった。
「夜間というのが幸いしたな。エッフェル塔も無傷だ」
大神はそう答えながら、確認するようにエッフェル塔を見上げる。そのエッフェル塔には傷一つ無い。
ロベリア機はその爪で、敵機の残骸を拾い上げる。
「しかし、こいつら何者だったんだ?」
それは大神も気になることである。今回の敵は、これまで怪人が呼び出した蒸気獣とは明らかに違う。
「……さあ? 敵機の残骸は整備班に調べてもらうよう、手配しておくよ」
敵の正体を知る手がかりがこの残骸しかない以上、大神の答えはこれが精一杯のものとなる。
「では、戻りましょう」
話が一段落したところで、花火は全員にそう促す。まあ、劇の練習があるのだから、早めに帰って休むのが良いだろう。
「ああ、帰ろう」
大神はそう答えた瞬間、エリカのことを思い出す。
(そういえば、エリカ君、劇を下りたいって言ってたな……)
ふと、エリカ機の方へと、視線を送る。当然と言えば当然だが、エリカ機から、エリカ本人の表情は分からない。しかし、それでもそこに笑顔が無いということだけは、なんとなく伝わってきた。
(エリカ君……)
帰ったらもう一度話してみよう。そう心に決めて、足を踏み出したとき、周囲の空気が凍りつく。
「これは!?」
全員、それを感じ取ったのだろう。その場に足を止め、周囲を見回す。
やがて、全機の視線が同じ方向へ、エッフェル塔へ、もっと言うなら、その登り口へとと向けられる。
パチパチパチパチパチパチ。
皆の視線の中、凍りついた空気を纏った人影は拍手をしながら、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
不自然なほど、自然な歩調で大神達の前に現れた人影。その姿が月に照らされる。照らし出されたその姿は顔の下を蒼のローブに包んだ若い男。それも金髪碧眼の美男子だ。最もこの空気を纏った彼に心引かれる者はいないだろう。危険なほど冷たい空気を纏った美男子。それが大神の第一印象だ。
身構える大神達の前で、彼は静かに、口を開く。
「はじめまして、巴里華撃団。私の名はブレス……神爵の爵位を持つ者だ……」
静かで冷たい声。それが彼、ブレスの第一声だった。