第1幕 帰ってきたモギリ

 テアトル・シャノワール 午前9時30分

 聖モンマルトル街の中央に位置するここ『テアトル・シャノワール』は政財界の大御所や、巴里の文化人はもちろん、一般市民も気軽に楽しめる巴里随一の娯楽の殿堂だ。

 芸術の都と呼ばれる巴里でその名を馳せるだけあって、歌とダンスを中心としたレビューはまさに夜の巴里の花と言える。

 しかしそれは『テアトル・シャノワール』の仮初めの姿に過ぎない。その本来の役目は巴里防衛の任ある巴里華撃団の基地である。『テアトル・シャノワール』の地下には巴里華撃団の中枢が存在しており、有事の際には防衛拠点として機能する。

 実際、エリカを始めとする巴里歌劇団・花組とモギリの大神は有事の際には巴里華撃団・花組(隊長は大神)として、本来の任務に着く。また、オーナーであるイザベル・ライラック――通称グラン・マはその司令官として、秘書のメル・レゾンと売店の売り子のシー・カプリスも司令官補佐と、それぞれの任務に着く。

 今回の大神の巴里来訪の理由は研修である。

今から約9ヶ月前、帝都で起きた『蒸気暴走事件』その事件は帝都、巴里の両華撃団によって無事解決した。そして、その直後、帝國華撃団・司令米田一基はその司令の座を大神へと譲った。それから大神は正式に司令となるために帝都で研修を受けた。そして、帝都での研修を終わらせた大神に告げられたのが、今回の巴里研修である。

 ちなみに米田は現在、帝國華撃団養成施設『乙女学園』で校長として、今もその人生を正義のために費やしている。

 巴里北駅から歩くこと30分。大神とエリカはシャノワールへと辿り着いていた。大神はシャノワールの前でその足を止める。

「シャノワールも変わってないな」

 大神が言いながら眺めるシャノワールは以前と何処も変わってはいない。大神にはそれが嬉しかった。

 と、感慨にふけっている大神にエリカは振り向き、

「当たり前ですよ。まだ、大神さんが日本に戻ってから1年とちょっとしか経ってないんですよ。それよりみんな待ってますよ」

 と、大神を急かす。彼女は大神の帰還が嬉しくてしかたないのだ。だからこそその喜びを自分だけではなく、彼を待つ者達に速く伝えたいのである。

「ああ、すぐ行くよ」

 大神は答えてエリカの後を追う。

「あっ、あれは……」

 シャノワールのポーチ(玄関)で自分達を待つ2人のメイドに大神は気づく。

 1人は青い髪をショートにまとめた落ち着いた雰囲気の女性。もう1人はそれとは対照的にまだ幼さが残る人なつっこそうな女性である。

「お帰りなさい。大神さん」

「お帰りなさいです。ヒュー・ヒュー!」

 ポーチで2人を出迎えたのはメル・レゾンとシー・カプリスである。

「ただいま。メル君、シー君。2人とも元気そうだね」

「はい。もちろんですよぉ

「大神さんもお変わりなく、安心しました」

 大帝國劇場の大型キネマトロンで2人とは時より通信をしていたが、やはり通信と実際に顔を会わせるのとは違う。大神はそう感じた。

「大神さんもメルさんもシーさんも積もる話は後ですよ」

 話が長引くと感じたエリカは3人を急かす。

 言われてメルも話し込もうとしていたことに気づき顔を赤くし、本来の目的通り大神の先に立って歩きだす。

「あっ、そうですね。みなさんがお待ちかねでした」

「え? もうみなさん揃ってるんですか?」

「はい。料理の方も出来てますよぉ

 エリカの問いに答えつつ、シーがそう付け加える。

「では、こちらへ」

 メルを先頭に4人はシャノワール内を進んでいく。今日は大神の帰還に合わせシャノワールは休日となっている。そのため館内に人影はない。

 3人に連れられて、シャノワール1階客席へとおもむいた大神を待っていたのはグリシーヌ、コクリコ、花火、ロベリア、グラン・マの5名と大神の帰還を祝うパーティ会場とかした客席だった。

「よくぞ戻った。待っていたぞ」

 一番に口を開いたのは青い瞳とブロンドの髪をもった美女。グリシーヌ・ブルーメールである。

 ノルマンディ貴族である彼女は、荒れ狂う海に生きたバイキングの気質を受け継いでおり、貴族の誇りと優雅さに猛々しさが同居した強き女性である。そのため実年齢よりもずっと大人びている。

「元気だった? イチロー」

 座っていた椅子から「ぴょーん」と飛び、そのまま大神に駆け寄るの褐色肌の幼い少女はコクリコである。

 ベトナム生まれの彼女は苦労してきたためか、子供とは思えぬほどしっかりしており、ある意味巴里華撃団で一番社交性に富んでいる人物である。

 サーカスとシャノワール両方の舞台に立っているため歌とダンスはもちろん、マジックや曲芸にも秀でており、その上、人間にも動物にも好かれる。完璧超人である。

「久しぶりだね。相変わらず冴えない顔してるじゃないか」

 ワイングラス片手に、足を組んで椅子にもたれかかるように座っている銀髪の美女はロベリア・カルリーニである。

 かつては巴里を震撼させた大悪党であり、その罪状は並べれば1000年を越える。が、巴里華撃団に入隊し、霊的災害と闘うことで減刑され、今では残り数ヶ月の懲役刑を巴里市街のサンテ刑務所で過ごしている。最もそれも彼女の意志でほとんど自由に出入り出来るので、懲役刑といってもただ刑務所をホテル代わりにしているようなものだ。

 見た目もワルなら、素行もワル。正義の大悪党。それがロベリアである。

「お帰りなさいませ」

 礼儀作法のお手本のような動作で、そう挨拶をしてくるシックな服装の美少女は北大路花火である。髪は黒く物腰は穏やかな女性でまさに大和撫子という言葉通りの美少女である。少々、妄想癖があるが、それを差し引いても大和撫子という言葉は揺らがない。

 そんな彼女たちを母親の笑顔で見守るのが、グラン・マである。彼女は愛猫のナポレオンを抱いたままゆっくりと立ち上がり、

「ムッシュ。よく帰ってきてくれたね」

 と、その笑顔を大神に向ける。

 変わらぬ面々。大神は懐かしさを感じ、それを嬉しく思う。そして、それを素直に言葉にする。

「ただいま。みんな。そして、ありがとう」

 大神のこの挨拶を合図にパーティーは幕を上げる。

 そしておのおのが騒ぎ出す。

 大神のおみやげの和菓子を物色する花より団子のエリカとシー。それとは逆に絵葉書や日本の写真を眺める花火とコクリコ。そして、日本酒を飲み比べるグリシーヌ、ロベリア、メル。それぞれの所を回る、いや、それぞれに引っ張られる大神。そしてその様子を眺めつつ、静かにワインを傾けるグラン・マ。パーティーはどんどん盛り上がっていく。

 全員の所を巡り終えた大神は、最後にグラン・マのテーブルに流れ着く。

「ふぅ〜」

「お疲れさん。ムッシュ」

 グラン・マは労いの言葉とともにグラスを手渡す。

「ありがとうございます。グラン・マ」

 と、答えつつ大神はワインで喉を潤す。

「疲れてるだろうと思うけど、あの娘達も楽しみにしてたんだ。付き合ってあげておくれ」

「はい」

 大神は笑顔で答える。確かに疲れてはいるが、それは心地よい疲れだ。

「それと、明日からさっそく研修に入るよ」

 続けられたグラン・マの言葉に今度は帝國華撃団司令(見習い)の顔で返す。

「了解しました」

「ふふふ。じゃあ今日は楽しんどくれ」

 その日のパーティは外が暗くなるまで続いた。

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