あゆ編1

「相沢〜。酷いよ〜」

「………」

 後ろで北川がむくれている。どうでもいいから無視する。

「お前ばっかり、栞ちゃんや、美汐ちゃんと楽しそうに話してさ……」

「………」

 このアホには、さっきの詐欺娘達との会話が楽しそうなものに聞こえたらしい。それもどうでもいいから無視する。

「俺なんて美汐ちゃんに苛められて、凹んでただけなのに……」

「………」

 それは自業自得というやつだ。いや、正確には自業自得というのは良い意味らしいから、この場合は身から出た錆か。まあ、どっちにしてもこいつ自身の責任だ。これもどうでもいいから無視する。

「おい、聞いてるのか? 相沢? それでも俺の相棒か?」

 かなり聞き捨てならないセリフがアホから聞こえてきた。無視していたかったが、それも限界だ。

「だあ〜。もう、うるさい!!」

「お、やっと反応したな」

「そりゃ反応もするわ!! なんだ『相棒』って!?」

 こいつと俺の関係はあくまで『友人』だ。『相棒』とかいうコアな関係になった覚えはない。

「? そりゃ、読んで字のごとくだけど?」

 北川の答えはまさに脊椎反射の見本だった。ありがとう北川。お前こそ、お約束の王様だ。

「そうじゃなくて、いつ俺とお前がそんな関係になった!?」

「2人がこの世に生を受けたその日からだ!!」

「気持ち悪いこと言うな!!」

「なんだよ、つれないな〜」

 ワザとらしく首を横に振る北川。こいつは本当『親友』とか『相棒』とか、そういうネタ好きだよな。

 そんな、いつものコントをしながら歩く俺たち。気づけば時間は午後4時過ぎ。今日の創立祭も残すところあと1時間だ。そろそろ、ラストオーダーの時間だ。

「で、そんなこんなでラスト1時間前だけどおまえ行きたい所は?」

「俺は別に無いけど、相沢は?」

「俺も特には無いな」

 ここに来て当てのない俺たち。と、言っても時間が時間だ。もうそろそろ教室に戻ってもいいだろう。北川の件のほとぼりももう冷めてるだろうし。

 俺がそんなことを考えていると、通路の前方から聞き覚えのある声が、すざましいスピードで近づいてくる。

「うぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ。どいてどいてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 鬼気迫る形相で爆走してくる美少女。真剣に切なくなるがこの近づいてくるトラブルは、またもや身内だ。そして、現在の状況は彼女と俺が再会したときの再現だ。あ〜、もう嫌になる。

迷うことなくこちらへと爆走してくる彼女。このままでは数秒後にはぶつかる。しかし、俺もいつまでもあの頃の俺ではない。この極寒の地で過ごすこと早数ヶ月。もうはや、俺はあの頃とは違う!!

 迫りくる危機。俺はそれをギリギリまで引き付けると、最小限の動きで横へと華麗に回避する。

 ヒュン!!

 ほんの一瞬前まで、俺が立っていた所をそれを通り過ぎていく。そして、

 ドゴスッ!!

「ゴバッ!?」

 激しい衝突音。そして、北川の口から一気に吐き出される酸素。俺の真後ろにいたヤツは助からなかったらしい。ナムナム。

 俺が静かに振り向くと、まるでタイミングを合わせたかのように崩れ落ちる北川の姿と、「痛いよ〜」とか、言ってるトラブルメーカーの姿があった。

「……あゆ、今日はなにをやらかした?」

「うぐ〜、会う早々、酷いよ祐一君」

 彼女の名は月宮あゆ。俺が7年前にこの街に来たときに最初に出会った美少女で、ちょっと前に俺と運命の再会を果たした美少女だ。再会したときにイロイロと事件が起きたが、現在はそれも全て片付き、今は華音高校1−Cの生徒として過ごしている。俺との関係は幼馴染(?)もしくは水瀬家居候仲間(V3)というところか。タイプ的には栞や真琴と同系列で、思考回路もボディーも幼い。特にこいつの場合はただでさえ幼い顔立ちのくせに、髪型も綺麗なショートヘアー(つまりおかっぱ)なため、本当に高校生かと疑いたくなる。

 ちなみに服はいつもの制服だ。こいつも1−Cの生徒のはずだが、栞と天野が着ていたウェイトレス風の衣装は着ていない。まあ、そんなことはどうでもいい。問題があるとすれば、その手に握られた大きな紙袋だ。どうにも嫌な予感がする。

「あゆ、その大切そうに抱えている紙袋はなんだ?」

「え、これ? 勿論、タイヤキだよ」

 満面の笑みで答えてくるあゆ。どの辺が勿論なのかは分からないが、タイヤキではあるらしい。確かに袋の口からタイヤキが顔を覗かせている。

「で、お前はその紙袋いっぱいのタイヤキをまた取ってきたのか?」

「うぐ〜、酷いよ祐一君。それじゃ僕が泥棒みたいじゃないか〜」

 頬を膨らませ、抗議してくるあゆ。こいつ本当に子供みたいだ。

「みたいじゃなくて、実際にそうだろう」

「酷いよ〜。僕は泥棒じゃないもん」

 『プイッ』と、顔を背けるあゆ。そんな、彼女の背後にゆらっと立ち上がる影。

「そうだぜ、相沢。あゆちゃんは泥棒じゃない……」

 口元を袖で拭いながら(当然、吐血なんてしていないし、口元も切れていない)立ち上がる北川。

「ん? 蘇生したか、北川」

 なんか、毎度のことでこのパターンに慣れてしまった自分が悲しい。

「あ、さっきはごめんなさい北川君」

 ぺこりと頭を下げるあゆ。さっきと言うのは当然、体当たり(ぶつかった)ことだ。

「いや、いいよ。あゆちゃん。それより、相沢、あゆちゃんは泥棒じゃないぞ」

うんうんと、頷くあゆ。北川という味方のおかげで勢いもある。

「そうだよ、祐一君!! 北川君の言うとおりだよ!!」

「あゆちゃんは『食い逃げ娘』だ」

「そう、そうだよ。僕は食い逃げ……へ?」

 あゆの勢いが途中で止まる。まあ、自分を弁護してくれていると、思っていた男が急に裏切ったのだから仕方ないが。

「あゆちゃんが狙うのは、タイヤキだけだ。ならば、泥棒というよりは食い逃げの方がしっくり来る」

 うんうんと深く頷く北川。自分で言って納得しているらしい。

「うぐ〜、酷いよ北川君」

 涙目で抗議するあゆ。

「ああ、ごめん。あゆちゃん、確かに今のは酷かったな」

「本当だよ〜」

  またもや頬を『ぷ〜』と膨らませるあゆ。北川はごめんごめんと謝りながら、あゆをなだめる。

「あゆちゃんも女の子だ。食い逃げとかは嫌だよな」

「当然だよ」

 プンプンと怒りながら頷くあゆ。北川は「ごめん、あゆちゃん」と、あやまり、反省する。そして、その反省の結果を言葉にする。

「あゆちゃんも乙女だ。ここはやはり女の子らしく、『美少女怪盗』ぐらい名乗りたいよな」

 真顔で言う北川。つまりは本気と言うことだろう。

「……はい?」

 北川の言葉を理解できず、間抜けな声を上げるあゆ。切ないが、気持ちはよ〜く、分かる。

 呆然と立ち尽くす俺とあゆ。そんな俺たちの様子に気づこうともせずに、北川は一人続ける。

「名前は……ムーンラビリンス・アユで決まりだな」

「………」

「衣装は……あゆちゃんはスタイルがあまりよろしくないから、ロリッ娘魔法少女ファッションだな」

「………」

「いや〜、このご時世、いろんな規制のせいで、今じゃあゆちゃんや栞ちゃんみたいな、存在は本当、貴重だよな〜」

「………」

「あ、衣装が欲しいときは俺に声かけてよ。似合うの用意するから」

「北川君……」

「ん? 早速、衣装の相談かい?」

「この変態!! そしてセクハラ男!!」

 あゆは小柄な体を利用し、北川の懐に入り込むと、その鳩尾にコークスクリューを叩き込む。

「ごぶっ!?」

 またもや、北川の口から吐き出される酸素。そして、崩れ落ちるその体。こいつは今日だけで、何回殴られ、気を失ったんだろう? ここまで来れば本当にコントだ。

「ようやく、コントが終わったか」

「コントじゃないもん!!」

 俺からみたらコント以外の何物でもなかったが、当の本人にしてみれば、違ったらしい。

「で、あゆ」

「ん? 何?」

「結局、そのタイヤキはどうしたんだ?」

「え? あ、そうだった!!」

 顔を真っ青にするあゆ。そして、

「お、おい? あゆ!?」

 あゆは俺の手を握ると、

「話は後だよ、祐一君」

 とか、言いながらすでに走り出していた。今日の俺はドコまでもこんな感じらしいです。はい。


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