3年生編

2−Bの教室を追い出された俺と北川は、いつものようにダベリながら行く当ても無く校内をさまよっていた。

普段の校内とは打って変わり、今の校内は人で溢れかえっている。この『創業祭』が一般開放されているためだ。そのため、今日―(日曜日)の校内では父兄参加は勿論、学校の近くに住む人や、他校の生徒(俺が見かけたのは尾根、空、倉等の3校)もあちっこっちで見かける。

その人ごみの中を俺は北川にぼやきながら進んでいく。 

「たく、お前のせいで追い出されたじゃないか」

「なんだよ、相沢はサボりたいって言ってたから丁度いいだろ?」

 確かに俺はそう言った。それは覚えている。けど、意味が違う。

「意味が違うって。俺のサボりたいは『学校を休みたい』であって、『喫茶店の仕事を休みたい』って事じゃない」

「ワガママなヤツだ。あそこにいれば美坂や水瀬さんのメイド姿を、眺められたというのに……」

「それはお前の趣味だろ?」

「そりゃそうさ。なんたってメイドは漢のロマンだからな。けど、相沢だって水瀬さんのあの姿は良かったろ?」

 言われて、名雪のメイド姿を思い出す。ある種のゲーム(18歳になったら出来るやつ。なんで俺が知っているかは秘密だ☆)に出てくるようなフリルと、首元に大きめの宝石?(レプリカだと思う)がついたメイド服。そして、それを着こなし左右に編み込みを入れた名雪。それは確かにご飯5杯は逝けるコンボだ。

イケナイ妄想が膨らみそうになる。が、俺はそこで踏みとどまり、緩んだ口元を占め、最低限の答えを返す。

「……ノーコメントだ」

「……それは肯定してるようなもんだぞ?」

「うるさい!!」

 俺はボロが出る前に(もう出てるといえば出てるが)話を打ち切る。北川も解ってくれたのか、それとも満足したのかは知らないが、追求はしてこなかった。

 しばらく野郎2人で出し物を見て周る。どこの出し物も学校行事にしては、気合が入りすぎていると言えるぐらい気合が入っている。

「しかし、まあ、どこも気合入ってるよな」

「……だな」

「やっぱ、あれだな。生徒会が用意している『超豪華優勝賞品』ってのが効いてるんだろうな」

「……『超豪華優勝賞品』ねぇ〜」

 北川に言われて俺は思い出す。確かに朝の開会式の時『生徒会長』が『全学年、全クラスの出し物で、最優秀と認められたクラスには我が久瀬家……もとい生徒会が用意した超豪華優勝賞品を進呈します。皆さん、死力をつくしてがんばってください』と、アホな事を言っていたが、正直、あまり興味は無い。

「あれ? 相沢はあんまり興味がなさそうだな?」

「まあな。なんせ生徒会長があの『久瀬』だからな……」

「そういや、おまえ前に生徒会ともめてたもんな」

「ああ」

 もめていた理由はただ単に気にいらないからとかではなく(まあ、実際にムカつくヤツだったが)、とある1人の先輩……というか友人?のためだ。

ちょっと前に友人?―川澄舞はとある事件が原因で生徒会、というよりは久瀬に目を付けられ退学させられそうになった。まあ、この時は舞の親友である佐祐理さんと舞本人の力で無事に解決した。俺も出来る限りのことはやったがたいして役に立てなかった気がする。

それでも2人は「3人が一緒だったから上手くいった」と言ってくれた。俺はその言葉が嬉しかった。

少し前の事件。けれどそれが遠い昔のことのような気がする。と、そんな思い出に浸って歩いていると、気づけば3年棟まで来ていた。折角だ。2人の所に顔を出していこう。

「なあ、北川、3−Aに寄ってかないか?」

「ああ、いいぜ。せっかく来たんだ。2人の美人の顔を拝んでいこう」

 3−A教室。その前にでかでかと掲げられた看板。それには『牛丼』とただそれだけの単語がシンプルに、というよりは飾り気も無く書かれていた。この企画を提案し、看板の文字を書いた人物の顔が容易に想像できる。

「あいつはなんでこうストレートなんだろうな……」

 牛丼目が無い彼女の顔を思い浮かべながら、俺は頭を押さえる。

「? ストレートって何?」

「あ、いや、なんでもない」

「ま、いいや、さっさっと入ろうぜ。俺、腹減ったよ」

「そうだな。丁度昼時だし」

 俺と北川は3−Aのノレンをくぐった。

「ヲオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!! スゲー、この勝負どうなる!?」

「おお、こっちも負けずに次に行ったぞ!!」

「おい、見ろよあれだけ食ったのに、ペースが落ちてない。やっぱ、この勝負はあの娘の勝ちだよ!!」

 3−Aの教室内。その中央の人だかり、おそらくはテーブルが置かれているであろうその場所を中心に、教室内は異様とも言える盛り上がりを見せていた。

「……何あれ?」

 と、声に出すものの、その騒動の中心にいる人物は自然と頭に浮かんでくる。ここが牛丼屋で、ギャラリー達が『フードバトラー』に送るような声援を上げているということは、あの輪の中心にいるのはほぼ間違いなく、我校の『魔物ハンター 舞様』だろう。

 俺が『自分を女性(美人)』ということを忘れているセンパイに頭を痛めているのに対し、北川は素で「さあ?」返してきた。知らないというのは気楽で羨ましい。

 俺と北川が人ごみの方にあっけに取られていると、厨房(といってもカーテンで教室を仕切っただけ)の方から1人の3年女子−佐祐理さんがパタパタと出てきた。

 倉田佐祐理―彼女はこの3−Aの生徒で俺の先輩兼友人だ。とにかく美人(おっとり系)だ。加えて優しく料理も得意ときている。学校でアンケートをとれば間違いなく『およめさんにしたい女子のトップ』に来るだろう。ちなみにチャームポイントはチェックのリボンと、ふわっとした長い髪。

 ちなみに今日は制服の上から薄い黄色のエプロンをつけている。

「祐一さん、北川さんいらっしゃい〜」

「佐祐理さん、こんちわ」

「あ、どうも倉田先輩」

 俺と北川は佐祐理さんに軽く頭を下げる。

「2人とも来てくれたんですね〜。丁度、今、佐祐理が作った牛丼が出来たところです。食べていってください」

 一点の曇りも無い佐祐理さんの笑顔。まさに無敵スマイル。生徒会長様が職権乱用してまで、お近づきになりたいと思ったのも、分からなくは無い。(だからと言って許せるようなことでもないが)

 そんな佐祐理さんに案内され、俺と北川は中央のテーブルより、やや離れた所に案内される。

 席に着く俺と北川。早速、北川が牛丼(並)を2人分注文する。と、ここにきて、北側は佐祐理さんが1人でいることに気づいたらしい。

「ところで、今日、川澄先輩は一緒じゃないんですか?」

「舞ですか〜。舞ならすぐそこにいますよ〜」

 佐祐理さんの視線の先にあるのはやはりというか、なんというか、とにかく例の人ごみだ。俺の予想どおり、あの中心では舞が牛丼をほおばっているらしい。

「へ? あそこ?」

 舞=牛丼という公式が結びつかない北川は「?」と、顔をしかめる。

「はい。今、舞は久瀬さんと勝負の真っ最中です」

「……久瀬? それに勝負って?」

 舞が『フードバトル』をやっているのはギャラリーの声援で分かっていたが、まさかその相手があの『久瀬』で、しかも勝負となると、穏やかではない。

「はい。久瀬さんが私に『生徒会に入って欲しい』と、さっき、イキナリ言ってきたんです。けど、舞がそれを止めて……」

「もしかして、それで『牛丼大食い勝負』に?」

「はい。舞が『文化祭らしく勝負……』って、提案したら、久瀬さんも受けちゃったんです。久瀬さんが勝ったら私が生徒会に入ることに。そして、舞が勝ったら2度と私をスカウトしないという条件です」

 「あと、お代は負けた方持ちなんです……」と、佐祐理が付け加える。

「つまり、久瀬はカモにされたと……」

「……はい」

 佐祐理さんが少しバツの悪そうな表情で答える。まあ、結果が見えてる勝負に久瀬を巻き込んだことが少し心苦しいのだろう。

「生徒会長がカモ?」

 久瀬(男)VS舞(女)の大食い勝負。舞(女)ではなく、久瀬(男)がカモというの北川には理解できないらしい。まあ、知らないのだから仕方ないが。

「舞はあんなんだが、無茶苦茶大食いなんだよ」

 久瀬としては万が一にも大食い勝負で女子に負けることは無いと思っていたのだろうが、現実を知っている俺としては、久瀬にこそ勝機は無い。しかも、勝負は舞の好物の牛丼大食いだ。久瀬に奇跡が起きることはないだろう。

「……信じられない」

 北川が魂の抜けた顔で呟く。『女の子天使説』とかいう怪しい説を唱えるこいつにしてみれば、大食い美少女はショックだったのかもしれない。

 うつむく北川。そんなこいつの後ろ(中央の人だかり)から先ほどまでよりも、一段と大きい『わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』という歓声が聞こえてくる。どうやら、決着が付いたらしい。

 そして、その歓声の中を1人の少女が特に感慨もないような表情で出てきた。

「やっぱり、そうなるよな……」

 俺は無言でこちらに歩いてくる制服姿の少女に嘆息しながら呟く。

その勝者の名は川澄舞。佐祐理さんと同じく3−Aの生徒で、彼女も俺の先輩兼友人?だ。最も俺と舞の間にそのような上下関係は一切無い。性格はとにかく無口で不器用といった感じで、その姿もそれを表現したようなものになっている。美人ではありながらも、表情は常に硬く(最近はこれでも柔らかくはなった)、どこか近づきにくい雰囲気を常に纏っている。髪も佐祐理さんに負けず劣らず長いが、それを簡単にリボンで束ねているだけだ。

 それでも、彼女が美人だと断言できるのは、間違いなく素材が良いということだろう。佐祐理さんのイメージが太陽なら舞は月といった感じだ。まあ、外見上は。

「……楽勝」

 それが俺達の前にやってきた舞の第一声だった。

「そりゃ、そうだろうな……」

 舞の食欲を知る俺としては同意するしかない。ちなみにそんな俺たちの後ろで、担架で運ばれていく男子生徒がいた。男子生徒は誰かに向けて「くそ〜、絶対リベンジしてやるぞ〜」とか、言っているようだが、誰も気に留めていない。

「すげ〜、男に大食い勝負で勝つなんて……川澄先輩はまさに腹ペコキャラだな」

 いつの間にか、先程のショックから復活した北川が、感心した面持ちでそんな感想を口にする。

「腹ペコじゃない……」

 ゴッ!!

「!?」

 舞の速く、力の乗ったチョップが北川の脳天に炸裂した。テーブルに突っ伏す北川。まあ、こいつの場合これは当たり前の光景なんで、放っておく。

 普段から舞の大食いを知っている佐祐理さんも、今回は少し気になるようで、

「舞。お腹、大丈夫?」

「うん。大丈夫……」

 佐祐理さんの心配に、(珍しく)笑顔で答える舞。それは心配させまいと、無理をしての笑顔では無く、むしろ『満足感』から来る笑顔だ。

 以前から、舞が大食いだったことは知っていたが、ここまで余裕を見せ付けられると、改めてその凄さを教えられた気分だ。

「本当、すげーよ。お前は……」

「……牛丼、かなり嫌いじゃない」

 これまた、満足げな笑顔。この笑顔だけ見れば、美女の微笑みとも言える。理由さえ考えなければ……。俺はその満たされた笑顔に軽く「……さいですか」と同意しておく。

 「ハハハッ……」と乾いた笑い声を上げる俺。舞はそんな俺の思惑などどうでも良いらしく、俺を放置し、佐祐理さんの前、俺の隣の空いている席に座る。そして、しばらく「じ〜」と、テーブルを見つめると、やがて、静かに口を開く。

「祐一……」

「ん? なんだ舞?」

「……今からお昼?」

「ああ。そうだけど」

「佐祐理も?」

「あ、そうだね、ちょうど交代の時間だし、佐祐理もお昼にしようかな」

 丁度、佐祐理さんも休憩らしい。どうやら、これで野郎2人の物悲しい昼食という、バッドイベントは回避できそうだ。なんて事を考えていたら、俺の耳に、己の耳を疑うような声で紡がれた言葉が聞こえてくる。

「じゃあ、私も一緒に食べる……」

『はい?』

 俺と佐祐理さんの声がはもる。そりゃーもう、完璧なぐらいに。

「今からお昼……」

「え、でも……」

「おまえ、さっきまで『大食い勝負』してたよな?」

 先ほどまでの『大食い勝負』はけして、夢や幻ではない。事実、その激闘の跡(積み重ねられたドンブリの山)は中央のテーブルに未だ残されている。

「大丈夫。牛丼は別腹……」

「別腹って……」

 こいつにとって牛丼は一般婦女子における、甘いものと同列らしい。

「それにみんなで食べた方が美味しい……」

「そりゃそうだが……」

 言ってることは分かる。分かるが、こいつの腹は真剣に分からない。

「わ、わかった。じゃあ、みんなでお昼食べようね」

 佐祐理さんは多少引きつりながらも納得したらしく、厨房の方に牛丼を取りに行く。

「……うん」

 笑顔で頷く舞。本当にこいつはどれだけ牛丼を食う気なんだろうか? その笑顔に俺は頭を押さえる。

「……祐一」

「なんだ?」

「『牛丼別腹』女の子らしい……」

「……そうだな」

 いろんなものを諦めつつ、俺は佐祐理さんが運んでくる牛丼を待つことにした。

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