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Kanon 真冬の創立祭 仁義なき戦い

雪…

雪が降っていた。

7年前と同じ真っ白な雪。

けれど、それは7年前とも、みんなと過ごしたあの冬の日々のものとも違う。

だってこれは新しい時間。新しい一歩の証なのだから……。

◆◇◆◇◆

この物語は主人公――相沢祐一と、その悪友――北川潤が体験した奇跡の物語である。

華音市、私立華音高校。その2−Bの教室から物語は始まる。

ガヤガヤと賑わう教室、いや、今日に限っては店内と言うべきか。その教室の隅で2人男子生徒がサボっていた。この2人一緒にいるわりにはその表情は対照的で、1人はやたら疲れ果てた表情をしているのに対し、もう1人は目をキラキラと輝かせている。

 疲れ果てた表情をしている方の男子生徒にはこれといった特徴もなく、顔も普通なら、背も普通といった感じだ。

そして、もう1人の目をキラキラと輝かせている方の男子生徒は、見るからに馬鹿と解る空気をかもし出している。外見的な特徴は茶髪の頭と、その旋毛から伸びているアホ毛ぐらいか。こちらも中肉中背と、体格的な特徴は無い。

疲れ果てた表情の生徒――俺は疲れ果てた口調で、誰にとでもなく疑問を口にする。

「……これはなんの店だろう」

「イチゴサンデー喫茶だぞ。相沢」

 隣に立っている旋毛からアホ毛を生やしている目をキラキラと輝かせている男子生徒――アホが答えてくる。

「……そうだよな」

 言われて納得する。確かに俺――相沢祐一は数日前、クソ寒い中、放課後教室に残って、『イチゴサンデー喫茶』という、看板を作った覚えもある。最もその看板は、今回の出し物の提案者兼責任者からの『ネコ〜、ネコ〜。ネコとイチゴ、たくさん描いてよ〜』というアツイ要望により、ピンクを下地に子猫の顔とイチゴを可能な限り描きなぐり、その中央にせめてもの抵抗の証として漢らしく『イチゴサンデー』と墨と筆で書いてやった。それは覚えている。

「で、これは何の店だ?」

「いや、だからイチゴサンデー喫茶だって」

 またしても、目の前の光景に何の疑問も持たず、脊髄反射でアホが答えてきた。

 俺は「ふう〜」と、かなりワザとらしく(本当にワザとだが)溜息をつく。これが、今の俺に出来る抵抗だ。それに含まれた俺の心を察してくれたのか、アホが本当にわかっていない面持ちで聞いてくる。

「一体、何が不満なんだ? 相沢?」

「……不満は2つだな」

「2つか」

「ああ。1つは創立記念日を休校にしない、学校の方針」

 これは多くの生徒が共感してくれるはずだと、俺自身は信じている。現に隣のアホも昨日までは「サボってゲーセンに行こうぜ」と言ってたし。まあ、言ってたと、過去形になっているところで解るだろうが、今隣のアホはとある理由から、そんなことすっかり忘れているわけだ。

「もう1つは?」

 アホがアホ丸出しで聞いてくる。こいつが聞いてきた「もう1つ」こそ、こいつが「サボろう」と、いう気持ちを忘れてしまった原因だ。

「目の前に広がるわけの解らない空間だな」

 俺は顔を伏せて答える。するとこいつは予想通りアホな反応を返して来た。

「なっ!? 相沢、おまえ何を馬鹿なことを言っているんだ!?」

「見たままの事実だ」

「お前には目の前に広がる理想郷が解らないのか!?」

 目の前の光景に腕をかざしながら絶叫するアホ。こいつは本当に幸せなアホだ。

 今、俺とこいつの目の前に広がる光景。それは俺から見れば頭が痛くなるような光景だ。ピンクと白で全体を可愛らしくコーディネイトされた教室。そこにはいつもの面影は無く、普段はクラスメイト40人分も用意されている机が1つもない。その代わりにこれまた白とピンクのレースのテーブルクロスで飾られた小さなテーブルがある。そして、俺の不満の一番の原因が、昨日までの面影のないクラスメイトの姿だ。男女それぞれ誰1人制服を着ている者はいない。

 今、俺の目に映る者達の姿はメイド(和or洋)、魔法少女、ウエイトレス(和or洋)、巫女、チャイナドレス、その他、アニメかゲームのキャラの姿等だ。はっきり言ってまともじゃない。かく言う俺も某有名ロボットアニメの軍服(連邦)を着せられている。正直辛い。

 ちなみに隣のアホも某有名ロボットアニメの主人公の服(ハートの王様)の服を着ている。まあ、こいつは俺とは違って喜んで着ているのだが。さっきも「俺のこの手が真っ赤に萌える〜!!」と、教室の隅ではしゃいでいた。

「………」

 俺は目を抑え、うつむく。そんな俺にアホは空気を読まず、嬉しそうに、誇らしげに言ってくる。

「この目の前に広がる『コスプレイチゴサンデー喫茶』こそ、漢のロマンだ!!」

「おまえは……」

 俺が目眩を覚えそうな叫びを上げるアホ。その瞬間、神がアホに鉄槌を下した。

「教室でアホなことを叫ぶな〜!!」

 ヒュン!! ゴボス!!

「ウワラバ!?」

 それは神速の見事なストレートだった。まさに閃光と呼ぶに相応しい一撃だ。気分爽快な勢いでアホを殴り倒してくれた。しかし、アホは、

「ふっ、良い右だぜ、美坂……」

 と、殴られた頬を片手で拭いながら(血は出ていない)よろよろと役に酔いながら立ち上がる。もう、ここまでくると芸人と言っても良いかもしれない。

「……本当、わけわからないわね」

 アホを殴り倒した鉄槌の使者。華音高校2−B『閃光の香里』こと、美坂香里はげんなりした表情で呟く。

美坂香里――彼女は俺のクラスメイト兼友人で、俺のいとこの親友でもある。彼女を一言で表現するなら、『完全美女』と言ったところだろう。顔もよければスタイルもよく、同年代とは思えない程、大人びている。特にただでさえ大人びた顔立ちをしているところにウエーブのロングヘアーがそれをより強調させている。成績も『学年主席』と、とんでもない。そのくせ、人格者&常識人でもある。欠点らしい欠点はない。

「……今日の北川君はいつもの3倍はアホね」

「……だな」

 俺は彼女に真剣に同意する。ちなみに『3倍』とか、言ってもこのアホは紅くもなければ、角もない。

 俺と美坂があきれ果てている後ろから『トテトテ』と、足音が近づいてくる。

「香里〜、北川君苛めちゃ駄目だよ〜」

『名雪』

 俺と美坂の声がハモる。声の主は俺のいとこであり、美坂の親友でもあり、今回の『コスプレイチゴサンデー喫茶』の総合責任者の天然ボケ少女、水瀬名雪だ。

 水瀬名雪――彼女は俺のいとこ兼クラスメイト兼友人?である。彼女はその親友である香里とは対照的で、その年齢よりも子供ポイ……いや、ここは年相応と言っておこう。と、とにかくそんな外見の美少女だ。ただ、こいつの頭の中はこの寒い華音市とは対照的に年中、『春』となっている。まあ、つまり、年中『天然ボケ』ということだ。

 名雪に手を貸してもらいながら、アホが立ち上がる。そして、

「そうだぜ、2人とも『イジメカッコ悪い、ハメカッコイイ』が正しい人の道だろ?」

 と、また、理解不能な台詞を言う。今日のこいつはある意味絶好調だ。

「……わけ解らん」

「本当に……」

「うにゅ〜」

 3人の意見が一致する。本気で意味が解らない。大体そんな標語聞いたことない。

「それになんだかんだで、みんな楽しんでるじゃないか」

「……俺は楽しんでない」

「男は知らん。けど、美坂も水瀬さんも気合入ってるよな。そんな本格的なメイド服で来るなんて……」

 言われて、見直せば確かに2人ともかなりすごい格好だ。他のクラスメイトと比べると衣装の質が明らかに違う。2人が着ているメイド服はそこら辺で適当な布を買ってきて縫ったとかいうものではないだろう。最もそれが褒め言葉になるとは限らないが。つーか、この場合は褒め言葉どころか、『火に油』だ。

「……あんたね〜!!」

「おい、美坂!?」

 それは俺が知っている冷静沈着な彼女とは思えない恐ろしい形相だ。まさに不動明王!!

「誰のせいで、こんなことになったと思ってるのよ!!」

 恐怖を感じずにはいられないほどの怒声。しかし、アホはそれとは対照的なまでに冷静な表情、声で言い返す。

「……それは違うぞ美坂」

「どう違うのよ!!」

「『誰のせいで』じゃない。『俺のおかげで』だ」

 こいつは本当にある種、尊敬できるアホだ。まさか、ここに来てそんな事が言えるとは。まあ、確かにクラスの男子に『女子のコスプレ姿見たいだろう!!』と、(悲しくなるぐらい)熱く訴え、『イチゴサンデー喫茶』という企画に『コスプレ』を追加したのはこいつだが。

 アホの発言は完全に美坂の逆鱗に触れたらしい。

「!! 死ね!!」

 美坂が神速の拳の軌跡がアルファベットの『K』を描く。これが噂に聞こえた彼女のエターニスペシャル『イニシャルK』だ。

「ぐわっ!!」

 アホが本日2度目の声を上げ、床へと沈んでいく。なんか、こちらに手を伸ばしているような気もするが、俺はそれを軽く無視する。

 そして、静かになったところで、名雪と香里の姿を改めて見る。やはり何度見ても安物のそれには見えない。

「……しかし、あのアホじゃないが、確かに立派な服だな……。それ、どうしたんだ?」

 俺の疑問に名雪がさくっと答えてくれる。

「あ、これはね、お母さんが用意してくれたんだよ」

「……秋子さんがか……」

 水瀬秋子――名雪の母親で、俺の家主兼現保護者だ。とにかく謎の多い人で、解っているのは若く美人で包容力のある人ってことだ。あ、あと、料理(特にジャム造り)が好きって事ぐらいだ。その他、年齢やこれまでの経歴、職業といったところは全て謎。これは娘である名雪も知らない。まあ、そんな謎な人だから、これぐらいどこからか持って来てもおかしくは無い。そうおかしくは。深く考えるのは怖いからそういうことにしておきます。

「でも、それでどうして、私まで着なきゃならないのよ?」

 美坂が顔を赤らめながら抗議する。根っから真面目な彼女からしてみれば相当恥ずかしいに違いない。

「だって、お母さんに今日のこと話したら『あら、それじゃ、折角だから香里ちゃんと2人で着なさい』って渡されたんだよぅ〜。それに1人だと恥ずかしいし……」

 要は『旅は道ずれ、世は情けor一蓮托生』ということらしい。

「2人でも十分恥ずかしいわよ」

「うにゅ〜」

 そりゃそうだ。ただでさえウチのクラスはアホが『コスプレ』を提案した時点で、アホに差賛成した奴らは『女子のコスプレ』を見たくて仕方がないのだ。そんな中、クラスでも美人と評判の2人がこんな気合の入った格好してれば、注目を集めるのは当然だ。

 と、口に出したらアホの二の舞に合いそうなことを考えていると、足元で床に沈んでいたアホがヨレヨレと起き上がる。

「……恥ずかしがることは無いぜ。2人とも……」

 先ほどまでのアホとは思えないぐらい、真剣な声。そのためか美坂と名雪も思わず、そちらに耳を向けてしまう。

「……北川君?」

「うにゅ?」

 3人の視線が注がれる中、アホは「フッ」と、静かに笑うと、腹のそこから声を上げ叫ぶ。

「何故なら俺は2人の姿を見て今、猛烈に萌えている!! おっとりメイドの水瀬さんと、ツンデレメイド長の美坂!! 良い、凄く良い!! これぞ萌え!!」

「………」

「………」

 あまりにも痛い絶叫。当然、俺達に、いや、俺と名雪には言葉は無い。俺と名雪には。こういう言い方をしたのは当然、美坂にはアホへ言葉というか、なんというか、とにかく言いたいことがあるからだ。

「……あの世で反省して来い!! この駄目人間!!」

 美しいまでに完成されたストレート。それがアホへと放たれる。

 ドゴス!!

「グハッ!?」

 重い音と共に肺から一気に吐き出される酸素。こうして三度、涅槃へ旅立つアホ。俺はそれを生暖かい目で見てやる。

「ああ〜、もうこの変態はイライラする〜!!」

 まるで性格が変わってるんじゃないかと、思うぐらい感情を露にする美坂。それを見かねた名雪が美坂をなだめる。さすが親友。

「香里〜落ち着いてよ〜」

「名雪、でも……」

「北川君はこれから祐一に捨ててきてもらうから〜」

「何故に俺!?」

突如、アホの処分を押し付けられる俺。当然、認められるはずも無く、抗議の声を上げる。

「嫌だぞ、何で俺がこいつの面倒見なきゃならないんだ!?」

 俺の当然の抗議。しかし、それを目の前のいとこは当然と、切り捨てる。

「だって祐一と北川君サボってるんだもん」

「それは違うぞ、俺はちゃんと注文取ろうとしてたぞ」

 そう俺は真面目にしようとしてたのだ。ただ単にアホが近くで騒いでたので、俺が客に近づくと、とたんに皆手を下げただけだ。結果、俺は教室の隅で邪魔にならないようにしてたのだ。

「言い訳しちゃ駄目だよ。祐一は今から北川君捨ててきてね」

「……相沢君よろしくね」

 そう言い残すと、2人のメイドはホールへと戻っていった。

「……仕方ないか」

 俺はイロイロなものを諦めつつ、倒れているアホ―北川潤を引きずり教室を後にした。

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