「レナ、探し物の『はじめ○一歩、真柴フィギュア』ってこれかい?」
「あ、それそれ。ありがとう魅ちゃん」
私はレナに真柴フィギュアを手渡してやる。レナはそれを受け取ると、いつもの幸せそうな表情で悦に浸っている。ことの始まりは30分前だ。今日は暇だなとか、思いながら商品の整理をしていると、レナが来て「昨日発売の『はじめ○一歩、真柴フィギュア』ってあるかな?」って聞いてきた。
『はじめ○一歩、真柴フィギュア』って言うのは、少年マガズインのボクシング漫画、はじめ○一歩の主人公一歩のライバルの1人、真柴っていう怖い顔の選手のフィギュアだ。私はこの漫画を読んではいないけど、とてもレナの好み、可愛いものには見えない。レナらしくも無い探し物だ。なので、聞いてみることにする。
「ねえ、レナ。これレナの探し物なの?」
「うん。そうだよ」
「こう言っちゃ何だけど、これって可愛いものには見えないんだけど?」
「うん。真柴様は可愛くは無いよ」
「へっ?」
悦に浸ったままの表情で不可思議なことを言うレナ。今、『真柴様』って言った?
「どうかしたかな?」
「いや、今、真柴様って……」
「うん、真柴様だよ」
悦に浸ったままのレナ。けれど、答える声は不自然なまでに綺麗に透き通っている。その違和感に頭を押さえながら私は、説明を求める。
「……なんで『様』付けなの?」
「ああ、そのこと? 実は真柴様はレナの憧れの人なの」
「憧れ?」
レナが手に持つフィギュアを覗き込む。その憧れの真柴様は怖い顔で、細く引き締まった体。うん、悪役ボクサー決定な感じだ。正直、好きとか、言うならともかく、憧れって感情はちょっと理解できない。
「……ねえ、なんで憧れてるの?」
「あれ? 魅ちゃん、はじめ○一歩読んでないの?」
「うん、読んでないけど……」
私は少年ザンデー派なので読んでいない。というか、仮に読んでいても多分、理解できない。
レナは私に『仕方が無いな〜』と、言いながら説明を始める。
「この真柴様はね、とっても強いボクサーなの」
「まあ、強そうよね」
「でね、その強さの秘訣は得意技のフリッカージャブなの」
「フリッカージャブ?」
「うん、こう腕をたらして力を抜いたヒットマンスタイルという構えから、腕をムチのように素早く打ち出す技」
理解できない私にレナは実際に構えてみせる。そして、
ビュン!!
「どわ!?」
私の顔の前を凄いスピードの拳が通り過ぎる。
「今のがフリッカージャブ。解かったかな?」
「う、うん」
自分で言うのも何だが、こう見えても私、園崎魅音は武術の腕にはかなりの自信を持っている。それこそすぐにでもプロの世界で通用するぐらいの実力はあると思ってる。実際、夏のあの事件の時には国の特殊部隊の隊長と一騎打ちして打ち負かしもした。けど、そんな私でもレナの動きは見切りきれない。普段は同姓の私が見ても可愛いと認めるレナ。けれど、この時だけは正直、恐ろしさを感じる。
「つまり、その強いから憧れているってこと?」
「う〜ん、半分当たりで、半分ハズレ」
「どういうこと?」
「レナはね、真柴様の美しくも強いフリッカージャブに魅力を感じているの。あれはもう芸術って言っても良いと思う」
「げ、芸術……」
この入れ込みは凄いな。イロイロと突っ込みたいけど、これほど入れんでいるレナに突っ込むのはやめておこう。わざわざ藪を突付いてヘビを出す必要は無い。この話題はここまで。とっとと話題を切り替えよう。