「それで凛。急な呼び出しの用件は何だ?」
「ん? ああ、ただ久々にあんたの顔が見たくなっただけよ」
「ほう」
 なるほど。それは中々嬉しい答えだ。それが純粋な気持ちからならだが。
「君は顔を見たくなった人物に屋敷中の掃除をさせ、さらに紅茶まで入れさせるのか?」
「冗談よ」
 「部屋の掃除よろしく」と、私に掃除機を突き出してきたのが1時間前。先程の会話の直後がこれだ。私に掃除機を突き出した後、凛は1階に降りて行った。正直、多少、いや、かなり遺憾なのだが、一応はマスターだ。私は渋々と掃除を始めた。
 そして、終わって1階に降りてみれば、我がマスターはソファーで、よだれを垂らしながら寝てらっしゃる。そして、タイミング良く目を覚ました彼女の口から出たのが『紅茶入れて』というかなり性格に問題のある発言だったというわけだ。そしてこれが冗談と彼女は言う。さすがに温厚な私も腹に据えかねるものがある。

「掃除を全部やらせて、紅茶まで入れさせておいて冗談と言うのか君は?」
「それはさっきの罰よ」
「………」
 あっさりと言ってのける彼女。真剣に彼女の性格には問題があると思う。
「………」
 無言の抗議。しかし、彼女はそれを無視し(気づかなかったのではない)、口を開く。
「さて、一息ついたところで……」
「私はまだ休んでないが……」
 今度は言葉で抗議してみる。が、
「一息ついたところで本題に入りましょう」
 と、これも無視された。
「………」
 文句はあるが、このままでは話も進まない。非常に腹立たしいが、話を聞くことにする。
「アーチャー。今回、あなたを呼んだのは、ちょっとした後始末。いえ、事後処理のためよ」
「事後処理? それはやはりこの間の一件のことか?」
「そう。あの『繰り返された4日間』のことよ」
「……なるほどな」
 再開された聖杯戦争。再度、現出した我々サーバント。それが繰り返された4日間。その原因は、正義の味方という理想(呪い)を植えつけられたこの冬木市一のお人好しの理想と、とある物騒な女性+最弱サーバントの意思が絡み合ったことにあった。
 たった1人と1体の例外を除けば『全ての者が矛盾無く生きているという矛盾』それが第5回聖杯戦争の勝利者が望み。
 私から見ればくだらないことだ。が、まあ、退屈はしなかった。
「それで、事後処理とは何だ? 今の冬木市に異変は無いと思うが?」
「あるわよ。私の目の前に」
 凛の目の前。その言葉が指すのは当然、私達のことだ。
「……我々の事か」
「そうよ」
「なるほど。君は聖杯戦争が終わった今、サーバントが現出していることがオカシイというのだな」
 我々サーバントが現出していられるのは基本的には聖杯戦争の期間のみ。聖杯戦争のルールから考えれば、確かにおかしいことだ。
「そうね。加えてあいつ以外。皆が生きていることも」
 凛はそう付け加えてくる。なるほど。確かにそうだ。あの戦いで本来ならば死んでいなければならない者も今この冬木市で普通に生活している。そう言峰以外は。
 なるほど、確かに今の冬木市はまさに異常の中にある。『繰り返された4日間』が終わった今でも『全ての者が矛盾無く生きているという矛盾』は続いている。問題は無い。が、異常ではある。
 そうなれば『事後処理』とやらも大体見えてきた。彼女らしくない事だと思う。彼女も本心からそれを望んではいないのだろう。しかし、『冬木の管理者』としての義務からそれを私にやらせようとしている。
「つまり事後処理とは『全ての者が矛盾無く生きているという矛盾』を正して来いということだな?」
「………」
 返事は返ってこない。つまり、それは肯定ということか。しかし、これは私も賛同するわけにはいかない。ここできっぱりと……。
「な、な、何物騒なこと言ってるのよ!!」
 断る前に凛の方から否定してきた。安心した。どうやら彼女は私が知る『遠坂凛』であるらしい。そして、安心したと同時に余裕も出てくる。我ながら現金なことだ。
「ん? もしかして違うのか?」
「当たり前でしょう。なんで、そんな外道なことを私がしなきゃならないのよ!!
 
『ガー』っと吼えるように訴えてくる凛。どうやら彼女は今の生活をよほど気に入っているらしい。
「しかし、事後処理なのだろう? 他には事後処理と呼べるようなことは思いつかないが?」
 これは本心だ。先ほどまでの会話の流れから、私はそう判断した。
「あ〜、まったくあんたは、何でそう物騒な方に考えるのよ」
 凛は大げさに顔を抑えながら言ってくる。この場合は彼女の言い方が悪かっただけだと思うが、そこはまあ言わないでおくことにする。
 さて、これ以上、彼女が取り乱さないうちに本題を聞いておくとしよう。
「その口ぶりからすると、違うようだな? では、事後処理とは何だ?」
「あんた達『サーバント』の生活のことよ」
「我々の生活?」
「そうこれはこの間の一件の中の事なんだけどね。商店街でセイバーとライダーとキャスターがそれぞれ悩みを相談しあっていたらしいのよ」
「女同士仲が良いことだな」
「それが上手く行ってればね」
「行かないか」
「行く分けないでしょう。元々3人とも馬は合わないんだから」
「だろうな」
 まあ、セイバーとライダーはまだ同居している分、多少は話にもなるだろうが、キャスターは無理だろう。
「偶然、その場にいた士郎が言うには『あと少し状況が変わっていたら、商店街は廃墟になってた』って話よ」
「……ふむ」
 なんというか、簡単にその光景が予想できる。あの3人は熱くなれば場所も考えず暴れそうだ。ついでに巻き込まれる衛宮士郎も簡単に目に浮かぶ。
「あなた達サーバントは召還された時代と土地の知識を持って現出する。けど、そこでの生活に必ずしも適応出来るとは限らない」
「まあ、そうなるだろうな」
 私はこの時代に最初から縁があるから問題ないが、他の面子は苦労していることもあるだろう。特にライダー辺りが。
「そうなると、どうしても『ストレス』が溜まる」
「確かに」
 サーバントと言えど、心を持っている。『ストレス』はあって当然だ。
「そこであんたには他のサーバント達の所に行って、それぞれの悩みを聞き、的確なアドバイスをしてきてもらうことにしたのよ」
 なるほどな。悩みがあるなら誰かがそれを手助けしてやるのも……。って、今、誰が何だって?
「……はっ?」
 我ながら間抜けな声だ。が、そんなものは些細なこと。今は良く聞き取れなかった先程の凛の言葉を確認しなければ。
「何よ? 変な顔して?」
 不思議そうに私を覗き込む凛。どうやら彼女もこの事態を察知してくれたようだ。これなら話がしやすい。
「すまない凛。私もどうやら疲れているらしい。もう一度言ってくれないか」
「だから、あんたにはこれから『サーバントお悩み相談員』を遣ってもらうって…」
「そうか」
「そうよ」
「『サーバントお悩み相談員』か」
「うん」
「………」
 誠に遺憾だが、聞き違いではなかったらしい。となれば、後は拒否するのみ。
「断る!!」
「何でよ? 何が不満なの?」
「全てが不満だ!! 君は何を考えている!?」
「管理者としての責務よ」
 言い切る凛。どうやらこの『おもしろ企画』は彼女からすれば管理者の責務になるらしい。
「ほう。では、その管理者としての責務と『サーバントお悩み相談員』とやらが、どう関係あるか教えて欲しいものだな!!」
 『イヤガラセ企画』に意味があるならぜひ聞きたいものだ。と、思った次の瞬間、凛の顔が変わった。
「良いわよ。聞きたいなら話してあげる……」
「へっ?」
 不自然に落ち着いた声。『しまった!!』と、気づいたときには時既に遅し。凛のスイッチは既に入っていた。何かに取り付かれたかのように、勢い良く喋りだす彼女。
「街で結構好き勝手やってるあんた達。そのあんた達のことを毎回毎回しつこく、報告書を要求してくるカレン!!」
「あ、その……」
「で、毎回『この街の管理者はサーバントを野放しにする放任主義なのね』とか、嫌味言われる私!!」
「お、落ち着き……」
「管理者として、いえ、もう、そんなのはどうでもいいわ。ただ、あのネチネチとじめっぽいあの女の嫌味が嫌なのよ!!」
「お、おい」
「そういうわけで、この街に多少なりともあんた達サーバントには適応してもらう!! その第一歩がこの『サーバントお悩み相談員』よ!!」
「な、なるほど……」
 彼女は彼女なりにイロイロ苦労しているということは理解は出来た。
「解った!? 解ったなら、早速GO!!」
 鼻息荒くドアを指差す凛。ま、待て。状況は理解できたがそれでも私にとっては『イヤガラセ企画』であることに変わりは無い。ここはなんとしても断らねば。
「い、いや、まだやるとは……」
「断るなら断ってもいいわよ?」
「……いいのか?」
 言葉だけはやけに物分りのいい事を言う凛。しかし、それは言葉だけだ。間違いなく何か条件があるはず。
「そのかわり、明日からマスターがカレンになるかもね」
「き、汚いぞ!!」
 条件どころか脅迫だった。
「シャーラップ!! 返事はYes or Noで!!」
「………」
 この場合、選択肢は2つあるようで1つしかない。私は泣く泣くそのたった1つの選択肢を選ぶ。
「……Yes」
「じゃ、よろしく」
 これがこの思い返すのも忌まわしいこの企画の始まりだった。


アーチャーの『サーバントお悩み相談室』

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