山門でアサシンと出会ってから数時間。明るかった空は既に夕闇に染まりだしている。そして、変わったのは空だけではない。私の周りの状況も激変していた。
「だからね、拙者もいちゅもいちゅも、雅だ、風流だ、花鳥風月だ〜。とか、ね〜。言って〜られないんだよ〜」
「解った解った」
アサシンの呂律はもう2時間も前からこんな感じで、原因は当然、その辺に転がっているビールだ。
アサシンは悩みを次々と打ち明けていった。最初はこの山門から動けないということ。次はいつも1人で寂しいということ。その次はマスター(キャスター)の人使いが荒いということ。で、私が覚えている最後の悩みが食事が無いと言うことだった。
我々サーバントは魔力の提供さえあれば、食事をする必要はない。とはいえ、やはり元は人間。食事を楽しみたいという気持ちはある。それは私にもあるし、アサシンにもあって当然の感情だ。
加えて最初の3つ(特に最初の)は解決しようが無いことだったが、『食事』は今日この場だけであれば、すぐに解決できることだ。
そこで私も仏心を出してしまった。山門にアサシンを待たせ、下のコンビニまで弁当、つまみ、酒を買ってきたのだ。
そして、その結果がこれというわけだ。アサシンにいつもの面影は無い。今、目の前にいるのはアサシンのサーバントではなく、ただの酔っ払いだ。
そして、酔っ払いはわめき続ける。
「しゃみしいんんだよ〜。いつも1人でさ〜。他のサーバントは自由に街をあるいちぇるのに、拙者はさ〜」
「お、おい。アサシン飲みすぎだぞ」
「これが飲まずにいられますかって〜。だって、寂しいんだもん〜」
止める私の手を払い、酔っ払いはビールをがぶ飲みする。
「あ〜、だからそれは解ったって……」
なんとかなだめようとするが、酔っ払いの勢いは止まらない。それどころか愚痴の方向が危険な方向に変わっていく。
「これもあれもそれもどれも、ぜ〜んぶあの女狐が悪いんだ〜!!」
「お、おい!?」
あ〜、やな予感がしてきた。マスターの文句は不味いだろう。すぐそこにいるだろうし。
私の心境などお構い無しにわめき続ける酔っ払い。
「そうだ。あいつだ。あいつのせいでホロウじゃ、たいして出番が無かったんだ〜」
「落ち着け!!」
いかん。酔っ払いの愚痴は危険な方向に加速的に進んでいく。このままでは、私も久々にタイガー道場行きになりそうだ。ここらでなんとか流れを止めなければ。
そう思いはしても、酔っ払いほど止めにくいものはない。現にその愚痴はもはやデッドゾーンに突入している
「おのれ〜。あの女狐め〜。自分はちょっと人気が出たからって、調子に乗りやがって〜。何が麗しの若奥様だ!! 皆、きゃつの本性を知らないだけだ〜」
「アサシン、落ち着けって!!」
全力で訴える。が、すでに私の声は酔っ払いには届かなくなっていた。
「きゃつはただの性悪だ〜。宗一郎も哀れよな〜。今はああだが、あと1年もすれば尻に轢かれることになろうて〜」
なんというか、もう今、目の前の酔っ払いには普段の冷静沈着なイメージは無い。と、そんな酔っ払いの背後に人影が現れる。
「その女はずいぶんと酷い人のようですね?」
「そりゃあ、もう拙者が知る限り全Fateキャラでもトップクラスの……」
その人影の問に勢い良く答えようとする酔っ払い。けれど、言葉は途中で途切れる。それはそうだろう。何せ振り向いた先にいたのは件の若奥様―キャスターなのだから。
キャスターは場にそぐわぬほど、穏やかな声でアサシンに問いかける。
「トップクラスの……。何? アサシン?」
「………」
硬直するアサシン。なんというか哀れだ。私自身もこの場にいる時点で人事ではないのだが、本当にそう感じてしまう。
「人の家の庭先でずいぶんと楽しそうね? あなた達?」
嫌な笑顔で問い詰めてくるキャスター。こういう場合の笑顔はなぜこうまで威圧感にあふれているのだろうか。
「いや、これには理由が……」
なんかもうタイガー道場は決定的な気がするが、一応運命に抵抗しておく。
「へえ〜。理由があるの? ええ、そうねあなた達が言うならあるのでしょうね。そうよね、理由も無くこんな場所で酒飲みながら人の悪口なんて言わないわよね?」
「あ、その……」
「アーチャー。あなたもそれ相応の覚悟は出来ているのよね?」
その綺麗な笑顔は出来れば感情にあった状態で使って欲しい。そうすればきっと旦那も喜ぶと思う。
「で、できればその前に私の話を……」
デッドを回避しようとあがらう私。そんな私の背後からアサシンがやたらと力強く出てくる。
「待て!! 友よ!!」
「……アサシン」
本来ならこういった言葉は頼もしいもののはずだが、今は『火に油』としか思えない。
「このような性悪にわびる必要なんてナッシングだ〜!!」
「番犬風情がクセに大きな口を叩くわね?」
睨みあうアサシンとキャスター。先に動いたのはアサシンだった。
「うるさい!! もはや拙者も簡便ならん!! ここで下克上だ〜!!」
飛び掛るアサシン。これがいつものアサシンならば、キャスターでは反応できないほどの速度だろう。だが、今のアサシンは酔っ払い。足元も覚束ない状態だ。千鳥足だ。そんな状態の一撃はキャスターにすら避けられる。
「フン」
僅かに状態を反らし、アサシンの剣を避けると同時にキャスターは指を鳴らす。
パチンッ!!
「グボ!?」
勝負は一瞬でついた。決め手はキャスターの魔術による『戒め』だ。簡単に説明するなら西遊記の孫悟空の頭についてる冠と同じやつだ。この場合倒れている方が孫悟空ということになる。
うずくまるアサシン。それを見下すキャスター。下克上はならなかった。
「そこでおとなしくしときなさい。駄犬!!」
「む、無念……」
意識を失うアサシン。これでこの騒動はお終い……
「さて、アーチャー」
「……はい」
とは、行かなかった。さ、デッドエンドを回避するために全力を尽くすことにしよう。
「一応、話は聞いてあげるわ。この騒ぎは何だったのかしら?」
「じ、実は……」
本日5度目の説明。
「そう。遠坂の娘がね……」
「で、ついでで悪いのだが、キャスター、君の悩みは……」
これで流れをキャスターの悩みに持っていければ、デッドエンドは回避できる。
「悩みはあるわ」
「そうか!!」
良し。これでデッドエンド回避成功。と、思ったのは一瞬、
「けれど、それはあなたのような男に相談する気になれないわね。私の相談相手が務まるのは3丁目の小山の奥さんと4丁目の小林の奥さん。それとみ○さんぐらいよ」
と、このように私では役不足と切り捨てられる。
「さ、さようで……」
もう、こうなると頷くしかない。
「今日も小姑対策を習ってきたばかりだわ。やっぱり雑巾茶は基本よね〜」
「………」
女は陰湿だ。本当に恐ろしい。ので、この場を早く離れなければ。
「それでは私はこれで……」
最速で撤退する私。けれど、一歩目を踏み出す前に呼び止められる。
「待ちなさいアーチャー」
「はい!!」
その場に硬直する。やはりデッドは避けられないか。と、死を覚悟したがどうやら神は私を見捨てなかったらしい。
キャスターは山門に散らばったゴミを指差し、
「ここ片付けて行きなさいよ」
と、言い捨てると、山門の奥、愛の巣に戻って行った。
「………」
私は回りに散らばったゴミを1つ1つコンビニの袋に拾うことにした。