「それで、もう一つの悩みとは何だ?」
 と、聞いた瞬間、ランサーの顔が曇る。
「……こっちは結構深刻だ」
「そのようだな」
 どうやら、それなりに深い悩みらしい。
「……ここ最近、俺の邪魔をする奴がいる」
「邪魔?」
 サーバントであるランサーを邪魔する。そんなことが出来る者はそう多くは無いはずだ。しかも、この冬木市に限定するなら、私が知りうる者ぐらいしか思い浮かばない。
「ああ、そうだ。邪魔だ」
「何の邪魔だ?」
 一体、誰が何を邪魔していると言うのか。事と場合によってはこのふざけた企画も大きな話になる。と、そう息を呑んだ私の耳に入ってきた答えはあまりにも、いや、潔いまでにふざけた答えだった。
「ナンパ」
「は?」
「だからナンパだ」
「ナンパ?」
「ああ」
「………」
 頭が痛くなる。一応、こいつはサーバントだ。しかも、一応は既婚者でもある。その悩みが、しかも大きな悩みがこれか。
 ランサーは頭を押さえる私に気づかないのだろう。話の内容に似合わないほど真剣な表情で、続けてくる。
「犯人は2人だ。1人は現在の俺のマスター、カレン・オルテンシア。そして、もう1人は元マスター、バゼット・フラガ・マクレミッツだ」
「また、妙な組み合わせだな」
 本当に妙な組み合わせだ。あの2人は決して仲が良いとは言えない。むしろ相性的に最悪の部類の気がする。
「問題は組み合わせじゃねー。『邪魔』だ」
「それはそうだな……」
 確かにそうだ。そんなことは『邪魔』をされているこいつには関係ない。
「大体、理由が無茶苦茶なんだよ」
「なんだ理由を聞いているのか?」
 それなら解決は以外に早いかもしれない。と、思ったがそんな甘い考えはランサーの話の続きを聞いた瞬間に頭から消えた。
「ああ。カレンの方は『貴方の幸福そうな顔は、嗜虐心をくすぐるわ。えー、それはもう、幸福を不幸に変えたくなるぐらいに』だとよ」
「……酷いマスターだな」
 カレンがあの笑顔でそう言っている姿が容易に想像できる。
「なんつーか、俺はマスターって人種に恵まれないらしい」
「苦労しているな」
 これは素直な感想だ。凛の性格にもいささか問題はあるがカレン程ではない。
「ああ……」
 と、頷くランサーの表情も重々しい。
 辛そうではあるが、ここで話を切るわけにもいかない。続けてバゼットの動機に移る。
「それで、バゼットの方は?」
「あいつの方は『あなたはいずれ私のサーバントに戻る身です。そのくせそのようにナンパだバイトだと、腑抜けていては困ります!! 特にナンパは許せません!! ええ、絶対に!!』と、こんな感じだ」
「………」
 なるほど。なんというか、彼女らしくわかりやすい動機だ。
「酷い話だろ?」
「……まあ、イロイロとな」
 『中学生の恋愛』そんな単語が頭に浮かんだ。女好きなランサー。そのくせ自分に真剣に好意を抱いてくれる女性には気づけないというのだから、酷いのはむしろこいつだろう。解りやすい焼餅を焼いてるバゼットも報われない。
「で、アーチャさんよ、。この悩みはどう解決してくれる?」
「はぁ〜」と、嘆息混じりに聞いてくるランサー。悩みの解決方法を言葉で述べるのは簡単だ。まあ、実行するのは至難の業のような気もするが。
「そうだな……」
 私がどう伝えようか迷っていたとき、それは私の視界に入ってきた。
「あ……」
 おそらく、先ほどから近くで聞き耳を立てていたのだろう。2人からはあきらかに怒気が感じられる。
「ん? どうし……」
 間抜けな言葉を途中まで発しながら振り向くランサー。言葉が途中で切れたのは、当然、事態に気づいたからだ。もう遅いが。
 私とランサーの視界に写る2人の女性の姿。カレン・オルテンシアとバゼット・フラガ・マクレミッツ。今一番出てきて欲しくない2人だ。
 私とランサーの顔が同時に青ざめる。そんな私達の姿を、悪魔のような笑みで眺めるカレンと怒りの形相で睨みつけてくるバゼット。
「ランサー……。私というマスターがいるにも関わらず、ナンパを行う貴方にこそ問題があると、何故気づかないのかしら? ご主人様の想いも理解できないほど駄犬だったとはね。去勢するわよ?」
「近々、私の元に戻るというのにその低落……。あまつさえ、その身を心配している私を『邪魔』とか『悩み』とか言いますか……」
 幸いにも2人の怒りの矛先はランサーに向いている。本当に助かった。
「あ、ちょ……」
 竿を落とし、後ずさるランサー。
「覚悟はいい? 私の聖骸布はどんな獲物も捕らえるわよ?」
 件の布を構えるカレン。
「フラガラックは後の先をとる必殺の宝具……。覚悟を決めなさいランサー」
 そして必殺宝具を発動させるバゼット。
「お、おい。アーチャー助けてくれ!!」
 こちらに助けを求めるランサー。
「ランサー。すまん。私も己の身が可愛い」
 走り出す私。
「あ、こら。テメー!!」
 言いながら手をこちらに伸ばしてくるが、当然、届くはずは無い。そして、
『覚悟を決めなさい!! ランサー!!』
 2人の女性の声。それに続き、
「うぎゃー!!」
 と、聞こえてきたランサーの断末魔。
 とりあえず、これで問題の面子は揃っている。後は本人達で問題は解決してくれ。と、こんな感じで2人目の『お悩み相談』は終わる。


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