「それで、モグッ、私にモグッ、何のモグッ、用です?」
 なんというか、予想通りどら焼きを口に頬張るセイバー。
「……食べながら喋らないように」
 とりあえず一般常識人として注意しておく。これを『聖女』だと信じている衛宮士郎はどこかおかしいと思う。
「モグモグ」
「………」
 注意したとたんに喋るのをやめ、食べることに集中し始めたセイバー。これは断じて聖女の姿ではない。
 セイバーにとって『私の話<どら焼き』のようだ。仕方が無いので、事のあらましと、用件だけを最初に告げることにする。
「……まあいい。食べながらでいいから私の話を聞いてくれ。実は……」
「……なるほど。そういうことでしたか」
 綺麗にどら焼き×5を完食し、お茶を飲みつつ頷くセイバー。 この姿を見る限り、彼女は悩みとは縁遠い気がする。
 まあ、そうは思いつつも、一応聞いてみることにする。
「で、何か悩みはあるか?」
「………」
 急に顔をこわばらせるセイバー。これは、もしかして、
「もしかして悩みがあるのか?」
 彼女にだけは無いだろうと思っていた分、驚きは大きい。そのため、こういった言い方になってしまう。そして、それは当然、
「失礼ですね。私にだって悩みの1つや2つあります!!」
 と、彼女を怒らせる結果になる。悩みを聞きに来て怒らせるのもなんなので、素直に謝っておく。
「あ、いや、すまない」
 私の謝罪の言葉に彼女は『あとで大判焼きをお願いします』と、謝罪と賠償を要求してきた。まあ、これぐらいで良いなら、要求を呑んでおこう。
 話がそれる前に本題に入っていくことにする。
「それでその悩みとは?」
 セイバーは真剣な表情で静かに語りだした。ここ最近、『食欲魔人』というイメージしか無かった分、その姿にギャップを感じたが、それは黙っておく。
「……もしかしたら凛から聞いているかもしれませんが、私は『あの一件』の時にライダーとキャスターにあることを言われたのです」
「それは商店街でのことか?」
「やはり、聞いていましたか」
「私が聞いているのは、お前達3人が何やら悩みを話し合ったというぐらいだな」
「その時のことなんですが、私はあの2人に『何か生産的なことをしろ』と言われたのです」
「つまり、働けと言われたのだな?」
「……はい」
 恥ずかしそうに、というよりは辛そうに答えるセイバー。どうやら悩みは思いのほか深いらしい。
「それで、どうしたらいいか解らないと、そんなところか?」
「いえ、最初は確かに迷いましたが今はそれを乗り越え、自ら天職を見つけ日々汗する日々です」
「ほう……」
 予想とはかなり異なる返事だ。てっきり彼女のことだから『王である……いや、サーバントである私がどうして下々の元で働けるものか』ぐらいのことを言ってくると思っていたのだが。
「では何が問題だと?」
「私の仕事は……その、誰かの元で働くと言うものではなく、自分から仕事を探すというものなのです」
「自営業か?」
「そう呼べなくもないでしょう。しかし、それ故に最近はその仕事が減ってしまって……」
「ふむ」
 人に指示をされる仕事ではなく、自分が主導となり働ける仕事は確かに彼女に向いているだろう。まあ、上手くいくかどうかは別の話で。
「なるほど、そういうことか」
「はい」
「そういうことなら、出来る限り力を貸そう」
「本当ですか?」
 私は頷く。本当も嘘も無い。今日はそのために来たのだ。幸い彼女の悩みは今のところ相談に乗れる範囲の話だ。仕事の内容を聞き、改善点等をアドバイスすれば良い。
「無論だ。私はそのためにここに来たのだからな。それで、セイバー。君の仕事とは何だ? それが解らなくては、それを見つけてくることも出来ないのだが?」
「私の仕事は……一言で言うなら『評論家』です」
「……評論家?」
 かなり予想外の職名に言葉が疑問系になると同時に、一抹の不安が心に浮かんでくる。
「はい。飲食街を歩きまわり、『ラーメン、10杯食べたら3万円』とか『カレー10皿食べたら5万円』とか、そういった店に入り規定の量を食べきり、その謝礼としてお金を頂いていくという仕事です」
「ちょっと待て!!」
「はい? 何か?」
 『はい? 何か?』じゃない。明らかにそれは『評論家』ではない。不安的中も良い所だ。
「それはただの大食いチャレンジじゃないか!!」
 目の前の少女はどうして『フードバトラー』と『評論家』を間違えることが出来るのか。頭が痛くなる。衛宮家の家計のことを考え出したと思ったら、やはりこの王様は自分の食欲のままに行動しているに過ぎなかった。こういうのを『見直して損した』というのだろう。
 指摘する私。それを彼女は彼女なりの『評論家』のプライドで否定してくる。
「むっ。失礼ですねこれはあくまで『評論家』の仕事です」
「どこをどうしたらそうなる!?」
「どこをどうするも……。あれは店側が『用意した料理を全部完食し、その味の感想を聞かせて欲しい』というものなのでしょう?」
「……なんだ、そのどこまでも都合の良い解釈は?」
 あまりのお気楽極楽回答に目眩を覚える。そして、同時に確信する。かの『騎士王』はこの時代の生活(主に食生活)により、完全に堕落しているということを。
「都合良いも何も、以前、私がこの職につく前に見かけた同業者は食べ終わった後、マイクを持って料理の感想を述べていましたよ」
「………」
 容易にその場面が想像できる。大方、完食した人がちょこっと『美味かったけど、量が多くてきついかったです』ぐらいのことを言っていたのだろう。
「私は味覚には自信がある。だから私もこの『料理評論家』の職についたのです」
「そうか……」
 なんというか、もう頷くしかない。
「しかし、最近、飲食街ではこの手の『評論家募集』の張り紙が少なくなって来て……」
「だろうな……」
 その原因は間違いなく彼女自身だ。そのあまりの『食欲魔人』ぷりに、どこの店も警戒しているのだろう。
「少し前まで毎回のように『次こそあんたを倒す!!』と、良くわから無い挑戦をしてきた中華飯店も今は私が店に入った瞬間に『ごめんなさい』と謝りだす始末。本当に困っています」
「辛かったろうな……」
 本当にその中華飯店に同情する。で、この言葉を自分に向けられたものだと都合よく解釈し「はい」と、頷くセイバー。彼女に中華飯店の気持ちは永遠に伝わらないだろう。
「というわけで、この手の募集がある店を見かけたら教えていただけませんか?」
「……解った。とりあえず今度、新都の方にでも行ってみろ。まだ、そういう企画は残っていると思うぞ」
 まあ、セイバーが行けば2週間ぐらいで、商店街と同じ道を辿ると思うが。
「新都ですね。解りました!!」
 あの『衛宮士郎』が心奪われた微笑を浮かべるセイバー。その可憐さこそ最大の罪だということを誰か教えてあげて欲しい。
 こんな感じで私の最初の相談業務は終わった。これがこの先あと7件も続くと思うと、頭が痛くなる。

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