最終幕 巴里に舞う桜

 時は流れ、エッフェル塔の戦いから3週間たっていた。あの戦いの後、大きな事件は起きていない。今のところブレスの約束は守られている。巴里は平和そのものだ。

 そして今、その平和の中、シャノワールのオーナー室ではグラン・マと迫水は事件の後始末をしていた。上に立つ人間も楽ではないらしい。特に今回は技術班から上がってきた書類に問題があった。

 書類の内容は事件で現れた人型蒸気の分析結果だ。

「これは……」

 グラン・マから手渡された書類(彼女は既に目を通している)に目を通す迫水。その表情はみるみる険しくなっていく。そして、読み終えた彼はグラン・マへと顔を向ける。

「マダム、これに間違いは無いのかい?」

 そう真剣な表情で問いかける迫水。つまり、それだけ書類の内容に問題があるということだ。そして、

「残念ながら事実だよ」

 と、答えるグラン・マも真剣だ。

 迫水は書類をテーブルに静かに置き、静かに口を開く。

「ガソリンか……」

 その一言に書類の内容は集約されていた。

 今回の事件の人型蒸気、いや、人型機械に使われていたエネルギーが、そのガソリンだった。

 ガソリン。それは禁じられ、忘れ去られたはずのエネルギーだ。技術革命のさなかに現れた強力なエネルギー。当初はその強力な力に世界中が期待した。だが、致命的な欠陥ゆえに、その期待は長くは続かなかった。

 排ガス。それが欠陥だ。強力な力を生むも、環境に対する絶大な被害を及ぼし、多くの公害をもたらすと、予測されたのだ。

 このため、ガソリンはエネルギー競争に敗れ、その結果として蒸気文明が訪れたのだ。

 禁じられ、封じられたエネルギー。その禁忌の登場に迫水は頭を押さえる。

「ソレイユといい、今回といい……どうする、マダム?」

「私らが判断出来る問題じゃないね……上に報告するさ」

「また賢人機関も荒れるな……」

  迫水はそう嘆息混じりに呟く。

 核、ガソリン。時代というパンドラの箱から禁忌とされた力。その登場は人類の歴史に冬を産み出すかもしれない……と、初夏の猛暑の中、迫水はぼんやりと考えた。

  ◆◇◆◇◆

  迫水とグラン・マのオーナー室の会話から、約8時間後のエッフェル塔。その展望台からの夜景にはすでに灯りは無く、この日は月すら顔を隠していた。

 そんな闇夜の中、ブレスは1人展望台にいた。

「……良い夜だ」

 光のない街を眺め彼は呟く。そんな彼の背後、影の中からローブを纏った女性が音もなく現れた。

「……ご機嫌よろしいようですね?」

 ブレスは振り向かず、女、エルシャに答える。

「ああ……良い実験が得られたからな……」

「……よろしかったのですか?」

 聞いてくるエルシャ。それが意味するところは当然、ガソリンのことだ。一応、組織の機密にあたる。

「ああ。もともとガソリンは彼らに伝える予定だったからな。それにこれは彼との約束だ。守るさ……」

「……はい」

 彼は自分の意志を伝える。そして、彼女はそれに従う。

「ただ、心残りはあるな……」

「心残り?」

「この花の都を代表する、彼らの舞台を覗けないというのは残念だ」

「………」

 それはエルシャが初めて聞く彼、ブレスの冗談だ。そのため答える言葉が見つからず、エルシャは沈黙する。

 戸惑うエルシャの様子を「フッ……」と、軽く鼻で笑うと、ブレスはいつもの静かな口調で言う。

「さて、そろそろ次の舞台、紐育へと行くか……」

「はい」

 2人の姿は闇の中へと、静かにとけ込んでいった。

  ◆◇◆◇◆

  ブレスとエルシャが、巴里を去ったその翌日の午後9時。シャノワールの舞台はクライマックスを迎えていた。

『走れ〜光速の〜

 舞台の上では出演者全員による『激! 帝國華撃団(改)』(作詞:広井王子 作曲:田中公平)が熱唱されている。

  大神はその舞台を袖から見守っていた。その彼の表情は緊張のない、安らかなものだった。

 彼には分かっていたのだ。この舞台は必ず成功すると。

 エッフェル塔の戦いの後、大神はエリカに呼ばれ、その心を聞かされた。戦いの前まで、舞台の内容に嫉妬していた。だから、舞台を下りたかったと。しかし、今はその嫉妬も消え、純粋な気持ちで舞台に上がれる。だから、舞台に立たせてほしいと。

 大神はそのエリカの言葉が嬉しかった。が、ただそれをそのまま受け入れる事は出いなかった。何故なら彼女を大神が苦しめたという事実がそれで消えるわけではないからだ。

 だから聞いた。

『本当にいいのかい?』

 大神のその問いに、エリカはいつもの笑顔で答える。

『はい。私は大神さん知りましたから』

 彼女の言葉は大神には解らなかった。しかし、それで十分だった。彼女のその輝く笑みが全てを語っている。だから、大神は

『……そうか』

  と、ただそれだけ答えた。

 大神が物思いにふけっている間に、客席の熱気はこのイベント期間中、最大のものとなっていた。

 その理由は今日がスペシャルイベントの最終日。日本で言うところの千秋楽だからだ。

 舞台の反応は予想を上回るものだった。初日から客席は1階、2階共に満席。つまり、大好評というやつだ。

  大好評のスペシャルイベント。その最終日なのだ。これが盛り上がらないわけがない。

 その舞台の『激! 帝(改)』も締めへと入る。

『帝國華撃団〜

 ジャジャッ♪ ジャッジャッ♪ ジャッジャッ

 パチパチパチパチパチパチパチパチッ!!

 曲が終わると、同時に巻き起こる拍手の嵐。舞台と客席が1つとなった瞬間だ。その拍手の中、それを満足げに見守る集団の姿があった。

「皆さん、凄いです!! とてもこれが初めてとは思えません!!」

「そうね。これは私達もうかうかしてられないわね」

「せやな、がんばらんと」

「だな。負けてらんね〜ぜ!!」

「そうですわ。皆さんには引退した私の分も頑張っていただかないと」

「それは心配ないでーす。現トップスタアの私がいるかぎり負けはしませーん♪」

「へ? いつトップスタアになったの?」

「ボクも聞きたい」

  と、謎の(笑)やる気を出す集団。

  その集団の席の近くにもう1人、その集団同様に、舞台を温かく見守る男の姿があった。

「フッ……あの2人も元気そうだな……」

  最もその視線は舞台のある2人に集中しているようだが。

 全ての人が温かく見守る中、舞台はアンコールの『御旗のもとに』(作詞:広井王子 作曲:田中公平)と、入っていく。

『愛の〜御旗のもとに〜』 

  この日の舞台は多くの人の心に温もりを、大神と巴里歌劇団の思いを伝えていた。

                END

 おまけ

 亜米利加紐育。その高層ビルの1室で、彼女、ラチェット・アルタイルは彼女にしては珍しく「ぼ〜」っと外を眺めていた。ちなみに外は雨だ。何事も合理的にというのが、彼女の理念だ。そんな彼女が何もせず、自室の窓際で「ぼ〜」っとしているのは本気で珍しい。

 と、いってもそこはラチェット。その姿は憂いを秘めた美女だ。実に絵になる。

 彼女の思考はいつの間にか、帝都の事を振り返っていた。少し前に僅かな時を過ごした帝都。しかし、それはかけがえのない思い出だ。彼女はそこで多くの事を学んだのだから。

 そして、思考はそこから、先程彼女が見た書類へと流れる。その書類の内容は紐育華撃団・星組に新隊員の補充があるというものだった。

「ジェミニ・サンライズか……」

 彼女の口から、まだ見ぬ仲間の名が零れる。

 ◆◇◆◇◆

  時を同じく、亜米利加テキサス州では、1人の少女が荒野にたたずんでいた。

 彼女は今から無き師の遺言に従い、紐育へ向かうところだ。

 広がる荒野を眺めていた彼女だったが、やがて意を決したのか、隣の愛馬に勢いよくまたがる。そして、

「行くよ、ラリー!!」

 と、掛け声をあげ、その手綱を振るう。

 ヒヒーーーーン。

 彼女の愛馬、ラリーは走り出す。今、彼女ジェミニ・サンライズの旅が始まる。

 to be continue サクラ大戦5 エピソード0 荒野のサムライ娘