ここは日本。日本のどこかの都市部。
わじゃわじゃと密集した住宅街の一角にある、新田家の2Fで。
「むむむむ〜」
テレビの画面と睨めっこをしながら、美少女が唸っていた。
ふんわりとした楕円形の瞳と、こざっぱりとしたダブルおさげ。
口元は「ー」の形そっくりで、明るいというか、バカっぽいというか、とにかくそういった印象を受ける。顔の輪郭も、シャープというよりはふっくら系。
いかにも「とっつきやすい女の子」といった感じだ。
ただ、服装や髪型なんかは他の子と比べると、おそろしく地味だ。そういう、「イマドキのオンナノコ」っぽいことには、必要以上の興味を持たないらしい。
彼女の興がそそられるものは、別にある。
「むー」
テレビの画面に近づいたり、遠ざかったり。あるいは瞳を大きく見開いたり、逆に細めてみたり。
ぶつぶつと何事か呟きながら、ゲームのコントローラを握って忙しなくぴこぺことボタンを叩いていたかと思うと、急に無口になってペンを取り、がしがしと何かを書き込んだり……と、傍目から見たら何をやっているのかこれっぽっちも分からないが、実は、これらの一連の行動を集約したものが、彼女が最も興をそそられるものなのである。
それはつまり、今までに出展されたゲームの演出を応用した「必殺技の研究」、だ。
「んー……。やっぱり『ゲバラ』あたりからも持ってきたほうがいいかなぁ」
ぽりぽりと頭をかきながら、ものすごくマニアックなゲーム名を誰にともなく呟く。
……と、その時だった。
こんこん、と軽くドアがノックされたと思ったら、何の断りもなしにいきなりドアが開いた。
そして、いつも聞き慣れている、ちょっと芝居がかった少年の声。
「アイ? いるか?」
「いるかー……って、なんでドア開けながら言うのよ、もう」
コントローラから手を離さずに、振り向きもせずにアイはツッこんだ。
が、年頃の女の子の部屋にずかずかと入ってきた男の方は、彼女のツッコミなど何処吹く風で、部屋の中をきょろきょろと見回している。
意志の強そうな輝く瞳に、近頃流行のジャニーズみたいな髪形をした美少年。
男の割には、美しくも凛々しい弧を描く、細い眉毛が印象的だ。
180cm、68kgと、体型の方もジャニーズ顔負けなプロフィールで、ぱっと見は細身に見えるものの、意外と引き締まった肉体の持ち主でもある。
ただ、そのせいか、仕草や言葉がちょっと芝居がかっているというか、格好よく見せようとする癖のようなものがある。
ニヒルっぽかったり、クールっぽかったり、やんちゃっぽかったりと、その日その日、あるいは場面場面で切り替わったりして、鬱陶しく、面白い。
「……で、何やってんだ?」
傍らにあった、すごくファンシーなソファーにどっかりと腰掛けながら、男はアイがプレイしているゲームの画面を覗き込んだ。
何やら、やたらと露出度の高いクノイチっぽいキャラクターが、横にスクロールしながら侍っぽいゾンビーな敵をばったばったと倒していっている。
「んっとね、『戦国伝承3』」
「え? そんなの出てたっけ? 俺やったこと無ぇ」
「ユウキは最近のゲーム、あんまりやらないもんねぇ」
「お前がゲームばっかやりすぎなんだよ。そんなんだから、バトルコロシアムの予選、ギリギリで通過だったんじゃねーか」
あきれ顔で、ユウキがぼやく。
その言葉に反応してか、アイはようやく振り向いた。もちろん仏頂面だが、ぷくぅっ、と膨らませたほっぺたが何だかかわいらしい。
「そんなこと言うんだったら、私を後攻にして、ゲージ回してよ。正直、ラストリゾートかジョイジョイパーティーないと、きっついんだよ?」
「俺だって100メガビーム撃ちてぇの!」
「ユウキはゲージ無くってもそこそこ闘えるじゃない!」
「お前の通常の立ち回りが極端なんだよ! ジャンプ弱キック以外に、もちょっとぐらい使える技ねぇのか!」
「だ! か! ら! こうやって必殺技の研究してるんじゃないのよ! もう!!」
「……ほほーぉ」
唾まで飛ばしそうな勢いで喋っていたユウキが、いきなり静かになった。
に――ん、と口の端を片方つり上げて、戦隊モノの2号機キャラっぽい笑みをアイに向ける。
瞳はこう語っている。
「嘘をつくな」、と。
しかし、アイはどうやら本当に必殺技を考えていたようで、よほど自信があるのか、負けじと胸を張った。
躊躇したのはユウキだ。一度、声のトーンを落とした手前、そのまま押し切らないと格好悪い。
「ふぅ、ん……で? 使えそうな技なのか?」
「もちろん! なんと3つも!」
「……3つ?」
ユウキは3つと聞いて、いきなり期待できなくなった。
それどころか、むしろ不安が3割増しだ。
「んじゃ、ちょっとやってみるね」
「お、おう? ここでか?」
「だぁーいじょーぶ」
そう言って立ち上がると、アイは大きく息を吸った。つられてユウキもソファーから降りる。
いつも必殺技を繰り出すときに使用する次世代携帯ゲーム機、「ネオポケPlayMore」を手にしていないところをみると、どうやらアイ得意のトリッキーな攻撃ではなさそうだ。
ユウキは思わず身構えた。
そして――。
「詰みです!!」
「……っ!」
勢いよく発せられた言葉に反応して、ユウキはさらに身体を硬直させた。
「…………?」
が、何も起こる気配はない。
「詰みです! 詰みです!! 詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰み――――」
「……………………」
ユウキはガードポーズを解いた。
そんなことお構いナシに、アイはまるでお経を唱えるかのように、繰り返している。
「詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰みです詰み――――」
「とうっ」
ぺちんっ。
「いたっ」
どうやら攻撃は来ないだろう、と判断したユウキは、持っていたメモリーカードを投げつけた。
それはアイのおでこにヒットすると、ぼてん、と床に落ちる。
「あ、あれ? おかしいな?」
「おかしいのはお前の頭だ。なんだそりゃ?」
「うー……、知らない? 『森田棋士の名人戦』」
ほんのりと赤いマークがついたおでこをさすりながら、恨めしそうにアイは涙目をユウキに向けた。
「母さんが若い頃に創った、ファミコンソフトだろ? 話で聞いたことしかないけどな」
「そうそう、ファミコンのソフト。おもしろいんだよー? 将棋のゲームなのにBGMがノリノリだったり、かと思ったら合成音と名人のセリフの噴き出しで『詰みです』、ってプレイヤーに臨場感と敗北感を与えるあたり、その頃のお母さんって、いろんな意味で冒険してたんだなぁ、とか思っちゃうよ? あ、もちろん、名人が負けたときはちゃんと『参りました』、って言ってくれるし、名人に勝てば勝つほど、だんだん難易度も上がっていくから、『あ、ひょっとして私ってば、将棋上手くなっちゃったかも』って思えたりもするし。このまえ久しぶりにやってみたら、なんか名人が一手に45分ぐらい考え込んじゃって、バグッちゃったかと――――」
「あー、分かった。分かった分かった。分かったから。で? 結局何をやりたかったんだお前は?」
急に饒舌になったアイを止めようと、ユウキは半ば強引に話を戻した。
それから少し気だるげに、再びソファーへと腰を下ろす。
正直いうと、この手の会話でアイの相手をするのは、非常に疲れるのだ。
アイはアイで、特に喋り足りなさそうな顔をするでもなく、言われるままに、ころっと話を元に戻した。B型のアイは深く考えないのだ。
「んっと、どう言ったら良いのかな? 『洗脳探偵』……は、ユウキは知らないか。なんか、こう、とても遣る瀬無い言葉を連続して投げかけることによって、一種の催眠効果を与えるというか、運が良ければ脳の中枢を麻痺とかさせて、そのままリタイヤしてくれたり、それでなくても、方向感覚とかが無くなっちゃったりとか、って……あぁ、そっか、そんな技だったら、またゲージ消費しちゃうかなぁ」
「いや、つーか効果なかったし。そもそも企画した段階で明らかに無理っぽいだろうが。『森田棋士の名人戦』は封印だ、封印」
すでにまともにツッこむ気力も半減していたユウキだったが、釘を刺さずにはいられなかった。
アイのことだ、「改良型」などと言って、大会本戦、試合のまっ最中にいきなり試すとも限らない。そうなると状況が不利になるのは、火を見るよりも明らかなのだ。
パートナーである自分にだけ、しかもこちらのやる気がなくなるなどといったマイナス効果しかない変な技の作成・醸成だけは、なんとしても避けなければならない。
現にアイは、いかにも「そんなぁ」とか言いたそうな、画家泣かせのものすごく複雑な表情で、手元のメモ帳に渋々×印を書き込んでいる。
明らかに、改良(?)する気だったに違いない。
「いーもん。次は絶対、ぎゃふんとかうにょーーんとか、ぴろーんとか言わせてあげるんだから」
「……うにょーん?」
「あ、信用してないでしょ? 今度のはダメージよりも使いやすさに重点を置いてあるんだからね?」
「……いや、うにょーん?」
ユウキの素朴なツッコミを他所に、アイはその場でくるりとターンをした。
一体いつの間に手にしたのだろうか。その手には、光り輝く虹色の円盤が握られている。
「フライング・パワー・ディスク!!」
ひゅんふぷすこんっ。
「………………っっっっ」
不思議な効果音を聞いたのと、ユウキの背中に悪寒が走ったのは、ほぼ同時だった。
……いや、あるいは、悪寒が走ったのは少し後だっただろうか。
呆気に取られているユウキの前に、はらはらと髪の毛が数本、まるで舞うように振ってくる。
おそるおそる頭上を見やると、頭蓋からほんの数センチのところに、ほんの5秒前までアイが手にしていたそれがあった。
1/3ぐらい、壁にめり込んでいる。
なるほど。「ひゅん」が風を切る音。「ふぷ」が髪の毛を切った音。で、「すこんっ」が壁にめり込んだ音だ。
改めて今の状況を確認する。
ぞっとした。
「えへへ。どぉ? どぉ??」
「…………いや、まぁ、使えそうではあるけどな」
いろいろと言わなければならないことを頭の中で整理しながら、ユウキは壁にめり込んだそれを無造作に引っこ抜く。
「……なんでCD−R投げてんだよ。ちゃんとしたフライングディスク――」
そこまで言って、ユウキは固まった。
そのディスクの表面のデザインには見覚えがあった。
素材むき出しの銀のボディに、黒でシンプルにペイントされた、100メガショックなNEOGEO専用CD−ROM。
そこには、こう書かれていた。
「…………『ビューポイント』?」
「だね」
ユウキは確認の意味もかねて声に出して言ってみるが、アイは事も無げに肯定してくる。
誤って投げてしまった、というわけではないらしい。
「お前、これ好きだって言ってなかったか?」
「うん、好きだったよ?」
「だった?」
「だって、沙美さんが創ったゲームだもん、それ」
ちなみに、斜めスクロールシューティングという、異色のジャンルに分類される。硬派なのか単にマニアックなのか、捉えどころの難しい作品だ。
その辺りも含めて「ビューポイント」だったのか、謎なところではあるが。
「……沙美さん? って、えー……」
「沙美さん嫌いだもん」
「いや、だから、え? ちょっと待て。オレにはその沙美さんってのが分からねぇ」
沙美さんとやらの説明もなしに、一人で勝手にプチ不機嫌モードに入ってしまったアイに置いてけぼりを食らうユウキ。
B型のアイは、ふとした拍子に何かのスイッチが入ってしまうことが多いのだ。
「あれ? ユウキは会ったことない? この前、お母さんと一緒にお買い物に出かけたんだけど、その時ばったり会ってね? なんか、お母さんの昔の知り合いなんだって。それで、しばらくお母さんと沙美さんで話してたんだけど、なんか、ねずみ商法みたいなノリの喋り方する人でさぁ」
沙美さんとやらの説明をしながら、アイは手近にいたネオポケくんの縫いぐるみを鷲掴みにすると、ちょうどお腹の辺りに、ぼすんぼすんと拳を突き立て始めた。
まぁ、あんまり認知度は無いと思うので説明しておくが、ネオポケくんというのは、カビ○ン○ンというか、カ○ビーのポテトチップスの精(?)というか、とにかくそういったビミョーな形をした不思議な生き物のことだ。
バカでえっちで助平で、逆境にもチャンスにも弱いけれど、特に何が有害というわけではなく、ただそこにいてくれると、なんとなーく寂しくはなくなる。
「……ねずみ商法みたいな、って……あぁ。そいつ、この前ウチに来てたような」
「え? 家の方にも来てたの? それは知らないなぁ……けど、まぁいいや。私も直接聞いたわけじゃないからよく聞き取れなかったんだけど、『このカードを広めたら、新田さんのところにも、割り当てがついて儲かるわよ』みたいなこと言ってた。で、結局は押し売りみたいな形になって、お母さんが渋々引き受けてたみたいなんだけど……案の定、売れなかったみたい」
ぼすん、ぼすん。
「おぁ」
「で、そのせいで、お母さん、町の人たちからちょっと避けられてるっぽい」
ぼすん、ぼすんぼすんぼすん。
「うそ!?」
「だから嫌い」
ぼすん、ぼすん、ぼすぼすぼすん。
「いや、でも、ゲームそのものに罪はないわけだし……」
「んー……。沙美さんが創ったゲーム、って思っちゃったら、やる気なくしちゃった」
ぼすん。ぽーぃ。
と、気が晴れたのか疲れたのか飽きたのか、一頻り殴られたネオポケくんの縫いぐるみは、緩やかな弧を描いてアイのベッドに放り捨てられた。
すると、まるでそこが定位置と言わんばかりに、ちょうど枕の真横に吸い込まれる。
縫いぐるみとはいえ、さすがはネオポケくんだ。その辺は抜かりない。
「いや、でもな?」
「だって、沙美さんだし」
「いや、あのな?」
「沙美さんだし」
どうやら譲る気はないらしい。
B型のアイは、一度「こう」と決めたら、妙に頑固なところがあるのだ。
「……とにかく、封印。『ビューポイント』を投げるのも捨てるのも、カラス除けとしてベランダに吊り下げる、なんてのももちろんナシだ。資料用に取っておくこと」
「もぅ。あれもダメ、これもダメ、って、なんでそうケチばっかりつけるのよー」
ぷっくー、と先程よりもさらに大きくほっぺたを膨らませて抗議する。
ユウキは、そのぷっくりしたほっぺたを左右に思い切り引っ張りたい衝動に駆られた。
「お前がまともな技考えてないからだろーが! だいたい、『フライングパワーディスク』って、東記録(ドン・チンパオ)さんの作品だろ! 母さんのオリジナルじゃねぇじゃねーか!」
「私はちゃんと真面目に考えてますー。それに、母さんの作品にばっかり拘ってたら、視野が狭くなるよーな気がしたりしなかったり」
「どっちだよ! いいから次! 次!!」
「ふーんだ。次は絶対、ぜぇっったい、実用的だもん!」
言って、アイは腰にぶら下げていた「ネオポケPlayMore」を手に取ると、常人では目が追いつかないぐらいの手捌きで、ぴこぴこぷこぷことボタンを押し始めた。
実はこの「ネオポケPlayMore」、次世代携帯ゲーム機とは仮の姿で、単体で可動可能な質量のあるホロ・プログラムを組むことができたり、翻訳機としての機能があったりと、次世代どころか次の世紀の人までびっくりするぐらいの充実した機能が満載されているのだ。
で、アイが持っているのはその試作機。製品版の方は現在、アイの母である恵早香(えさか)と、極秘のプロジェクトチームによって鋭意製作中だ。
もし製品版が完成すれば、最近ちまたで話題の「なんちゃって家電」の追随を許さない、神の如きゲーム機が店頭に並ぶことになる。
ホロ・バギーで通学して怒られても平気という方はぜひ!
「code:J・a・n・g☆M・a・s・t・e・r!!」
専用のコードを入力し終えたらしいアイが、新必殺技の名前を叫ぶ。
――刹那。
「っ!?」
かっっ、と、視界を遮らんばかりのまばゆい光がユウキを襲った。
「な、なんだ?」
じうぅぅぅぅぅ、と、光が収束していくその先――アイがいる方に目を凝らす。
目蓋の裏側がぴりぴりした。
「じゃーーん」
なにやらアイが得意げに声を上げているが、残念ながらユウキの方からはまだ確認できない。
「……?」
光の渦が晴れる。
と、そこに誇らしげに立っていたのは、西洋風の細身の剣を携え、お飾り程度の小さな盾を持ち、赤いタイツに白いドレスアーマーといった随分と時代錯誤な――いや、もうぶっちゃけかなり昔のアニメのような、コケティッシュな服装をしたアイだった。
「…………」
「えっへっへー。どう?」
ふひゅんふひゅんと細身の剣を鳴らしながら、アイは得意げに言う。
「…………」
「なんかこう、攻撃力とか防御力とか当たり判定とか、強くなってる気がしない?」
むん、と、今度は剣を真正面に見据えるポーズを取ってみせた。
「…………」
「あ、元ネタ分かんないかな? 『雀神伝説』っていうゲームなんだけど」
「…………」
「?? ちょっと? ユウキ?」
「……………………脱ぐ、のか?」
「はぇ?」
いきなり頓珍漢なことを言い出したユウキに、アイは訳も分からず言葉を返した。
見れば、気のせいかユウキの瞳は、爛々と妖しい輝きを放っている。
いや、瞳のみならず、すでに身体の方は臨戦態勢に入ろうとしているようだ。
ずざっ、と、アイは半歩だけ後ずさりした。
「負けたら脱ぐのか? と聞いている!」
「は? え、えぇ!?」
ずざっ、ずざざざざっ。
「わっ、あ、ちょ! ちょっと! バカ!!」
「――っもぅ!!」
べちこんっ!!
貞操の危機を感じたのか、瞳にうっすらと涙を浮かべながら、アイは盾をユウキの顔面めがけて投げつけた。
ずりりりり、と、ユウキの顔から小さな盾が剥がれ落ちる。
「…………t――――」
どうやら開幕直後にK.O.されたらしいユウキは、そのまま大の字になりながらゆっくりと倒れていった。
案外、「森田棋士の名人戦」と「フライングパワーディスク」が効いていたのかもしれない。
「……はぁ」
安堵の溜め息を吐きながら、アイもその場にぺたん、と腰を下ろした。
膝を曲げて爪先を外側に向ける、格式高く伝統的な、乙女ちっくな座り方だ。
……ほんのちょっとだけ、肩が震えていた。
「…………ばか」
ぴくりとも動かないユウキを睨みながら、アイはごそごそとメモ帳とペンを取り出す。
「えー……っと? 『名人戦』、改良の余地あり、と。『フライングパワーディスク』、は、代用品の手配が急務。……あ、ホロ・プログラムで創れるかな? で、えー……『雀神伝説』、は――」
ヒトリゴトと共にメモを取っていたアイは、ふと筆を止めた。
無言でユウキを見やる。
B型のアイは、同じ過ちは繰り返さないのだ。
「…………封印、と」
眉根を寄せて目じりを怒らせて、唇を噛むぐらいに強く噤んで。アイはメモ帳に極太の×印を書き込んだ。
新必殺技が完成するのは、まだまだ先の話になりそうだ。